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カスタマージャーニーの教科書 10章 ストーリーデザイン -行動を生む情報価値の設計とストーリー開発

ブランド体験の設計とブランドの機会損失の防止において、キーとなるのは変化を促す価値提案であるJVP(ジャーニーバリュープロポジション)です。しかし、実務においては顧客接点やメディアでその提案内容をどう語るか、クリエイティブでどう表現するか、という問題が出てきます。つまり、プロポジションをコミュニケーションやクリエイティブに盛り込むストーリーに変換する作業です。これには、ストーリーテリングの技法が役に立ちます。

もちろんただ単に情報提供する事はストーリーテリングではありません。カスタマージャーニー視点でのストーリーテリングで大切な事は、狙った認識や行動を変化させるストーリーを開発する事です。つまりプロポジションをどのような【切り口】でストーリー化し、【どの情報をどの順番で】伝えると【価値】になり、その結果何を【変化】させるのか、までをデザインするわけです。このストーリーデザインで重要な作業が、「情報価値の設計」です。

情報価値の設計とは

情報価値の設計とは、ストーリーの【切り口】と【情報の組み合わせ】および【情報の導線】を設計する事です。設定したKPIの目標値やカスタマージャーニー上での特定の認識の発現、購買行動の増加等が最も生起しやすいように、ストーリーの構成をデータドリブンで最適化します。ブランドの機会損失の防止(リテンションデザイン)では、「ブランドのどの側面、どのような視点」をどのようなシーンに対して訴求するとプロポジションの価値が高まるか、ブランド体験の設計においては、「どのような情報をまず提供し、次にどのような情報を提供する」という、ストーリーの組み合わせや順序、つまり情報間の導線を設計することが重要です。

カスタマージャーニーにおけるストーリーテリングは、実務上2つの側面から考えます。即ち、課題解決型のストーリーテリングと情報連鎖型のストーリーテリングです。
 

課題解決型のストーリーテリング

課題解決型のストーリーテリングとは、顧客がカスタマージャーニー上で抱える問題・課題を解決するストーリーテリングです。つまり、生活者の個別具体的な問題が与件としてあり、それに対して情報コンテンツを提示する事でブランドが有利に認識される為のストーリーテリングで、主にリテンションデザイン(ブランドの機会損失防止)に用いられます。人間は失敗を恐れる生き物です。それ故他の人の失敗を見て学びたいと考えます。課題解決型のストーリーテリングはこれらのニーズに対して訴求できるので、問題を直接/間接的に解決するブランドの側面(USPなど)と紐つけやすい、という性質を持っています。また、生活上の問題はトレンドに依らず常に一定量存在するので、一度開発したストーリーの鮮度が落ちにくいというメリットもあります。

課題解決型のストーリーテリングで重要なのが、情報コンテンツをどの様な切り口で提供するか、つまりどのような軸で”テリング”するとそのストーリーが価値になるか、を分析する事です。物語の軸を決定づけるのが、「プロポジションと情報ベクトルの組み合わせ」です。情報ベクトルとは、ターゲットに対するプロポジションが決まった後、ではそれをどの角度で深堀してコンテンツ化、ないしはクリエイティブ化して顧客に提供するべきかを示すデータです。例えばプロポジションのコアが「カスタマイズ性」だったとします。しかし同じカスタマイズ性でもカラーバリエーションを語るのか、カスタマイズの奥深さを語るのか、女性やシニアでも簡単に始められるとっつきやすさを語るのか、それとも自分のカスタマイズしたモノを自慢したり、友人と競争する場が提供される事を語るのかなど、切り口により同じプロポジションでもストーリーは変化し、その結果変化力、そして変化の”質”が変わってきます。

情報ベクトルの例

 ●気づく:問題意識の芽生え、自分ゴト化の情報ベクトル
  ・良さ、新しさ、他との違い
  ・流行っているのか、みんなが行っているのか
  ・歴史や経緯
  ・そもそもの原因
  ・誰が、何故知っておくべき問題なのか

 ●理想:自分もこうなりたいという理想、願望を与える情報ベクトル
  ・上手くいった成功談や思わぬ良い使い道
  ・どういう自分になれるのか、その後の気持ち良さや嬉しさ、楽しさ

 ●納得:納得していない部分、不安を解決する情報ベクトル
  ・詳しい手順を知りたい
  ・起こりうるリスクや悪影響
  ・その方法がどのくらい科学的に正しいのかという根拠
  ・失敗談など、経験者が語る落とし穴
  ・詳しい内容を、数値データやグラフなどで見てみたい

   ・・・等

また、情報ベクトルは、商材によっても変わってきます。例えば食材や原材料などでは、以下の様な情報ベクトルが考えられます。

 ・輸送方法
 ・管理方法
 ・添加物
 ・素材

  ・・・等

情報ベクトルの価値 – パーセプションや購買行動の変化力

情報ベクトルは、価値提案のストーリーテリングの方向性を決めます。しかし商材により多種多様な情報ベクトルが考えられます。そこで重要なのが、情報ベクトルにより「どのような情報価値が生まれるか」と、「情報が価値になる事で生まれるカスタマージャーニー上の変化」を数値化する事です。つまり「このターゲットに対してこの価値提案をする時は、この角度からの提案が刺さる」というパワーを予測しておくわけです。これにより、特定のストーリーテリング内に存在するべき情報ベクトルを特定し、クリエイティブが内包すべきストーリーの骨子と、そうであるべき根拠を提供する事が可能となります。

情報連鎖型のストーリーテリング

情報連鎖型のストーリーテリングとは、各顧客接点で語るストーリーに連続性を持たせ、カスタマージャーニー全体に寄り添い促進する為の手法です。複数のストーリーに適切な順序で接触させる情報間の導線を設計であると同時に、どの媒体や顧客接点で提供するか、どのような順番/組み合わせで提供していくか、というメディアプランの一翼も担います。主にブランド体験の設計と併用します。課題解決型のストーリーテリングが、1関係性構築接点”内”(カスタマージャーニーの1フェーズ、購買行動モデルの1段階)でのストーリーテリングなのに対して、情報連鎖型のストーリーテリングは複数の関係性構築接点”間”でのストーリーテリングです。つまり、ストーリーに接触するほど、好意や購買、ファン化などのブランドゴールに近づくように、ブランド体験全体でのストーリーテリングをデータドリブンで設計するわけです。

情報連鎖型のストーリーテリングにおいて重要なのは、「まずこのストーリーを提供しこの問題意識を持ってもらい、次にこのストーリーの価値提案でこの購買行動を促進する」という様に、生活者視点で”この情報の次は、この情報が欲しくなるだろう”、という確率を計算し、ストーリーの組み合わせ及び情報提供順を最適化する事です。これにより、情報連鎖型のストーリーテリングで最も重要な狙いである、「情報間に適切な導線を引き、狙って作られた情報の連鎖に接触させる事で、単一のプロポジションが持つ変化力に他の側面からのプロポジションが持つ変化力を上乗せし、パーセプションチェンジやKPI向上の効果を高める事」を実現します。逆に下手な組み合わせや順番を間違えると変化力は下がる可能性があるので、データドリブンのしっかりとしたシミュレーションを行い、吟味する事が肝要です。

情報間導線の価値 – ストーリーの組み合わせと順序による変化力の推定

まず、カスタマージャーニー上で、プロポジションと情報ベクトルの組み合わせ、つまり1ストーリーを単位として、

 →顧客が何をする(達成、獲得、理解)するためにその情報が必要なのか
 →その情報がなければ、何ができなくて(何が進まないのか)、何が困るのか
 →その情報が与件になると、次に何ができるのか

をデータとして取得しておくことが必要です。そして、設定したKPIやブランドパーセプションを高める組み合わせをデータドリブンでシミュレーションします。「ストーリーA→ストーリーB」を1つの分析単位として見て、そのユニットの効果や訴求規模をデータドリブンで求めてきます。つまり、ストーリーA→ストーリーBという遷移を辿らすと、KPIやカスタマージャーニーのフェーズ遷移確率、ブランドパーセプションや特定の購買行動などがどう変化するかという、有向組み合わせの効果をシミュレーションして、変化力の強い組み合わせを見つけていきます。

注意として、ここで行うのはあくまで情報と情報の組み合わせの最適化であり、媒体と情報の組み合わせの最適化ではない、という事です。実は媒体と情報の組み合わせの最適化からメディアプランを求める方法もあります。また、媒体ありきでブランド体験や目指すカスタマージャーニーを設計しなければいけない場面も、実際の実務ではあると思います。しかし、カスタマージャーニーを軸にマーケティングを行うという取り組みにおいては、使用媒体が決まっている場合でも、まず情報コンテンツ間の組み合わせによりカスタマージャーニーが変化するという視点から情報間の組み合わせを最適化し、次にそれらの情報をどう展開するか、つまりどの顧客接点や媒体で伝えていくか、という順で考える事を推奨します。

情報と媒体の組み合わせについては、カスタマージャーニーを作成するときに、以下のような「When&Whereデータ」を取得しておき、生成されたカスタマージャーニーを読み込むことでヒントが得られます。

 ●この情報はどんな時、シーンで知りたかったか?
 ●どんなタイミングであれば、便利だったか?
 ●どんな時に知ると、どんな得があるか?
 ●何より前に知っておかないと、どんな損があるか?

これらのデータを取得するとき重要な事は、情報を「どの媒体で知りたいか?」と直接消費者に聞かないことです。代わりに、「どのタイミングだと都合が良いのか、どんな出来事が起こる前に知りたかったか」など、知りたいシーンやタイミングとその理由を、実際に起こった出来事や具体的な得、もしくは損という”事実”と紐つけて、データ取得します。 

※よりデータドリブンに情報とメディアの最適化を図るならば、「どのコンタクトポイントで、どんなコンテンツを提供すると、態度や行動がどのように変化するか」を予測するデータサイエンスの手法もあります。詳しくは、次章<特定のコンテンツとコンタクトポイントの組み合わせが持つ、「ジャーニーを進める力」から考える>をご覧ください。

<9章​ リテンションデザイン 顧客の離反、流出、競合スイッチ防止

11章​ メディアプランデザインカスタマージャーニーに寄り添う媒体計画>


カスタマージャーニーの教科書 目次

序章​はじめに

1章​カスタマージャーニーで考える意味と価値

2章​カスタマージャーニーの利用範囲、応用領域

3章​カスタマージャーニーの定義、及び類似概念との相違点、注意点について

4章​データドリブンでカスタマージャーニーマップを作成する

5章​カスタマージャーニー設計におけるゴール設定 – 成果指標と中間指標(KGI、CSF、KPI)

6章​カスタマージャーニーベースのインサイト探索と価値算定

7章​ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化

8章​ブランド体験デザイン ブランドが果たすべき役割と体験価値の設計

9章​リテンションデザイン 顧客の離反、流出、競合スイッチ防止

10章​ストーリーデザイン 行動を生む情報価値の設計とストーリー開発

11章​メディアプランデザイン カスタマージャーニーに寄り添う媒体計画

12章​カスタマージャーニー視点で検証する広告効果と費用対効果

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