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カスタマージャーニーの教科書 6章 カスタマージャーニーベースのインサイト探索と価値算定

 ゴール設定とKGI、KPIの設定が終われば、いよいよ本格的に「ブランドが実現すべきカスタマージャーニーの設計」に入っていきます。カスタマージャーニーの設計は、現状のカスタマージャーニーをブランドにとって理想的な状態に変化させる事が目的です。これはブランドにとって起こすべき認識や行動の「変化の連鎖」を設計する事に他なりません。

 特定の認識や行動における個別の変化はKPIを、変化の連鎖全体としてはKGIを向上させるように、最適な変化の組み合わせをデザインしていくわけですが、そもそも変化とはなんでしょうか。本章ではこの「変化」と「インサイト」について詳しく見ていきます。

カスタマージャーニーにおけるインサイト

 カスタマージャーニーを設計するということは、購買行動やブランドへの態度がブランドに向けてポジティブに変化していく一連のストーリーを作ることです。なので実際にターゲットがそのカスタマージャーニーに沿って動いてくれないと意味がありません。データサイエンスには”Garbage in, garbage out”という表現があります。ゴミデータを分析しても使えない結果しか出てこない、という分析方法以前にデータの重要性を説いているわけですが、カスタマージャーニー設計においても同じことが言えます。

 良いストーリー、すなわち顧客を動かし、行動や認識を変化させるストーリーを作るには、まず良い「インサイト」が必要です。ストーリーは作るものですが、インサイトを基にして作る事が前提です。そしてインサイトは見つけるものです。存在する(factualな)インサイトに立脚しているからこそ、ストーリーの創作が許されるわけです。思い込みで作ったインサイトを基にストーリーを作っても、受け手の行動や態度は変化しません。

 さて、カスタマージャーニーから良いインサイトを見つけるには、いくつかのご作法とポイントがあります。また、良いインサイトかどうかはデータで検証しなければ分かりません。インサイトのポテンシャルを検証する方法については章の後半で紹介しています。

 まずインサイトは人が無意識に持っている欲求、体験の不完全感やなんとなく感じている違和感であり、それを外部から刺激する事で問題意識や購買意欲が顕在化します。もっとシンプルに言えば、インサイトは心の「鍵穴」のようなものです。鍵穴の形状に合う鍵(価値提案)があれば、扉が開き、インサイトは生活者の意識上に特定のニーズとして顕在化します。これはカスタマージャーニーで考える時も同じです。しかし、その鍵穴がどこにあり、どのような形状をしているのか、はジャーニーマップを一見しただけでは分かりません。これを探る為には、「カスタマージャーニーの変化」に着目します。

カスタマージャーニーからインサイトを見つけるポイント

 カスタマージャーニーの変化とは、単純に表すと「元々持っていたある認識が、外からの刺激により、異なる認識に変化した(その結果行動が変化する)」という構造をしています。この変化後の認識がインサイトです。アプローチとしてはまず、カスタマージャーニー中で「何らかの変化」が起こった箇所を見つけます。普段の生活の中で起こった出来事により、顧客の生活者としての「何か」が変わった瞬間です。パターン解析でも定性的でも良いですが、とにかく「あれ、期待していたのと違う」「なんかがっかり」「あ、失敗したかも」など、今までリニアだったジャーニーに微妙な”揺らぎ”が生まれた箇所を見つけます。そして、その揺らぎにより、生活者の中で「認識がどう変化したのか」を特定します。これがインサイトです。つまり、生活者がジャーニー上で何らかの変化を経験した後にたどり着いた視点や気づき、学び、知恵、考え方、価値観、意識などがカスタマージャーニーにおけるインサイトです。

 さて、ここで1つポイントがあります。カスタマージャーニーでインサイトを考える時は、インサイトを単体では扱いません。カスタマージャーニーの変化の瞬間と、認識変化の構造の中でインサイトを捉えます。インサイト自体に加えて、インサイトがまだ顕在化する前の行動や態度、インサイトを顕在化させた直接/間接的な原因、広告や顧客接点、インサイトを刺激された後の行動や感情を、ひとまとまりの経験データとして捉えるわけです。ひとまとまりの経験データとして捉える、とはそのインサイトを生み出した「因果関係」をデータとして捕まえに行くという事です。具体的には、変化における因果関係について「原因-プロセス-結果」から成るストーリーが構築できるようにデータを取得し、このストーリーを検証します。つまり、「そもそも事前にどのような認識を持っていて、どの様な出来事が起こった結果、認識がどの様に更新されたのか」をセットで収集します。これにより変化後の欲求や違和感、つまりインサイトがどこから来たのか、何により顕在化したのか、その結果どの様な認識が芽生えたのか、という一連のストーリーでインサイトを捉える事ができます。

インサイトからストーリーへ

 なぜ因果関係のストーリーでインサイトを捉えるべきかと言うと、ブランド体験を最適化して理想的なカスタマージャーニーを実現するには価値提案および、その提案が生活上の価値として認識されるまでのストーリーが必要だからです。ヒットの確度を上げる為に大事なのはインサイト自体ではなく、インサイトに立脚して提供されるブランドからの価値提案と、顧客接点におけるそのストーリーテリングです。繰り返しになりますが、その為に「ジャーニーの変化を構造で把握する事」が肝となります。変化の構造における因果関係のストーリーから、プロポジション(価値提案)を逆算する事ができるからです。鍵穴のメタファーを用いるなら、鍵穴を見つけても鍵がなければドアは開きません。しかし、鍵穴の形状から逆算して、そのドアを開ける鍵を創る事ができれば話は別です。この”逆算”の為に変化の構造を知る事が大事なのです。

 生活者の中で何が燻っていたのか、それに対して何が認識変化のきっかけになったのか、生活者の認識にどう作用したから顕在化したのか、その変化により生活者の認識がどう変わり行動がどう変わったのか、購買にどう繋がったのか(もしくは阻害したのか)、というインサイトが顕在化して購買に影響するまでのシーケンスを検証できれば、そこから逆算して、「このペルソナはこういう経緯で、現在のインサイトに至った。だからこういう提案をすると、こういう風にブランドに対する認識が変わるだろう」という予測が立ちます。インサイト自体は生活者側の認識(パーセプション)に関するある側面を切り出した点の情報です。マーケティング実務を視野に入れると、インサイトは、ブランドの機能やUSPに紐付くプロポジションに変換し伝える必要があります。つまりインサイトは、「このようなインサイトを持っているから、このような価値提案をするべきだ」、「その価値提案をするには、この顧客接点でこのような施策を打つべきだ」と施策までシームレスに繋がる事が望まれます。そして価値を伝えるにはストーリーが必要です。このストーリーに断絶が生まれると、本質的にカスタマージャーニーに寄り添う事が難しくなります。

ネガティブな体験に目を向ける

 そしてカスタマージャーニーからインサイトを見つける時、もう1つ大事なポイントがあります。それは、ポジティブな体験よりネガティブな体験の方がジャーニーの揺らぎを見つけやすいという事です。カスタマージャーニーというのは、データとして見た場合、自然言語で記述された経験談・エピソードをノードとした時系列の有向連鎖グラフの型になっています。この時、経験やエピソードが本人にとって良くない、つまり失敗談や落とし穴を介したカスタマージャーニーの方が、ノードにインサイトが顕在化しやすい傾向にあります。これは、人間は得をしたいと思う気持ちより損失を回避したいと思う気持ちが強く、失敗や後悔の気持ちが強いほど同じ事を繰り返さない為のチェックポイントを学習しようとするからです。経験学習と言いますが、何故それが起こったのかを反芻し、嫌な体験の原因や本質を掴み、汎化した経験知とする事により、同じ過ちや失敗を回避しようとします。この経験学習プロセスは、損失回避の観点からネガティブ体験の方が起こりやすく、結果として失敗の原因やこの視点が無かった、気付かなかった落とし穴はこれだった、だから今後はこれに気を付ける、ここも見とかないと後悔する、今後のチェックポイントなどの気づきがより顕在化、言語化されやすくなります。

 従って、特定のブランドを購買した消費者やサービスを利用した顧客が、カスタマージャーニーの特定箇所において「どんな問題や失敗、落とし穴を経験したか」と「そこからどういう気づき、視点、知恵や教訓を学んだか」がセットになったデータを取得する仕組みが有用になります。また、そのような学びのデータは、生活者が自主的に学んだデータです。そして、それらのデータは自発的に語られているからこそ、そこに顕在化された問題点つまり解決すべきインサイトが存在する確率が高くなります。

カスタマージャーニーから得られるインサイトの分類と、その利用方法

 カスタマージャーニーは、”進む”か”止まる”かのどちらかです。従って、カスタマージャーニーから抽出し、あるべきカスタマージャーニーデザインに利用できるインサイトも、大きくは「進める為のインサイト」と「止めない為のインサイト」の2種類です。進める為のインサイトは、ジャーニーを自社ブランドの購買に向けて導くには何が必要か、についての洞察を与え、止めない為のインサイトは、どうすればジャーニー上の問題を解消、払拭して、ジャーニーの停滞や顧客の流出を防ぐ事ができるかという視点を与えてくれます。

ジャーニーを進める為のインサイト – 顧客獲得

 ジャーニーを進める為のインサイトとは、アクイジション(顧客獲得)施策の基となるインサイトです。いかに多くの潜在顧客に興味を持ってもらい、その中でも特に自社製品やサービスが選択されるように導く事を目的とします。主に、カテゴリーアクイジションとブランドアクイジションの2つを考えます。

 カテゴリーアクイジションとは、自社が扱う製品・サービスカテゴリ自体への関与を高め、顕在顧客を増やす施策を打つ事です。製品カテゴリ自体に興味がなく、自分ゴト化されていない関与の低い状態になれば、必然的に市場規模が縮小していきます。シュリンクしたパイを競合と奪い合う事になるわけですから、必然的にレッドオーシャンに陥りやすくなります。その場合、潜在顧客のニーズやウォンツを喚起して、当該製品カテゴリに興味を持った顕在顧客を増やすインサイトが必要となります。

 ブランドアクイジションは、自社ブランドの購買や来店に向けて直接的に効果のある施策を打つ事です。カテゴリーに興味を持ってもらうだけでは当然十分ではなく、自社ブランドの購買へ至らしめて、はじめてカスタマージャーニー施策は売上に繋がります。従って、カスタマージャーニーを自社ブランドの製品やサービスに向けて積極的に導き、顕在顧客をブランドの見込み客に育てる、ないしは見込み客を購買に至らしめる直接的な購買ドライバー力が高い施策が必要になります。

 その施策立案に役立つインサイトは、購買や推奨など設定したビジネスゴールを達成した顧客のカスタマージャーニーから得られます。例えば、購買に際した失敗談や落とし穴などの経験を通して学んだ賢いモノの選び方、選択時の判断基準やチェックポイント、スペックの優位性、ブランドの長所短所、比較の視点、店員や問い合わせで聞くべき事項などです。これらを「顧客が実際にジャーニー上で変化したきっかけ」は、ブランドの機能やUSP、イメージ、RTBなどと紐つけて見込み客に提供する事で、特定のブランドに対する態度や行動を変化させ、見込み客を自社店舗への来店や製品やサービスの購買に向けて動かすポテンシャルを持ったドライバーとなります。

ジャーニーを止めない為のインサイト – 顧客離反防止

 ジャーニーを止めない為のインサイトとは、リテンション(顧客離反、流出の防止)施策の基となるインサイトです。こちらは、いかに見込み客や顕在顧客の流出やジャーニーの停滞を解消するか、競合へのスイッチを防止するか、が目的になります。耐久財など購買ファネルが長い(時間的、段階数)、金融商材や保険商材のように判断基準が複雑多岐、ターゲットの商材のUSPに対する興味が薄い、代用品が多くある、今までにない機能やカテゴリーイノベーション的な商材、情報が多すぎるもしくは少なすぎる場合は特にこのリテンション施策が重要になります。主に、カテゴリーリテンションとブランドリテンションの2つを考えます。

 カテゴリーリテンションとは、当該製品カテゴリからの離反や流出、興味消失を防ぐ事です。マーケティングは最終的には自社のブランドが購買される事がゴールですが、それ以前にその商材カテゴリに対する購買行動プロセスが停滞したり、ジャーニー自体がストップしてしまったりしないように働きかける必要があります。新規に顧客を獲得する事は、既存客維持の数倍コストがかかるという言い方をしますが、特に「一度は興味を持ったが、何等か理由で購買には至らなかった」といういわゆる「取りこぼし」が機会損失としては大きいからです。

 ブランドリテンションは、自社ブランドからの離反や流出、興味消失、競合スイッチを防ぐ事です。カテゴリーに対する興味から一歩進み、自社ブランドに対して興味や検討、購入意向を持っている段階にまで成長した見込み客に対しては、自社ブランドを選択する確率が高い状態で維持し、競合へのスイッチを防ぐ施策が必要です。この段階では競合製品との比較評価の結果、自社ブランドに傾いている状態ですから、自社ブランドの何が評価されているのか、逆に何が流出を招くリスクなのかを正しく見積もることが重要です。

 ここで役に立つのは、ジャーニーから離脱したり、競合へ離反して「逃してしまった」顧客の分析です。具体的には、「離脱した後どうしたのか、何を求めに行ったのか」という離脱や離反の後のストーリーを分析し、ジャーニーを止めている要因を特定し、顧客の流出を防止、ないしは停滞を解消する為のインサイトを探索します。そこには今回の自社戦略に「足りなかったモノ」が如実に顕在化する為、そこから逆算して次のプロモーションプランや訴求戦略に活かす事ができれば、同様の離脱を防ぐ為に有効な戦略が導けるでしょう。
 

インサイトの価値算定を行い、解決すべき課題と提供すべき情報を特定する

 古川(2015)はアイディアを、対象物をよりよい状態に変化させる考え、と定義しています。そして、アイディアとして価値があるのかないのかは、設定したマーケティングゴールから逆算して決める、即ちブランドイメージや売上などがアイディアとの接触前と後でより良く変化させる事ができるかどうかで決まる、と述べています。つまるところカスタマージャーニーベースで考えるマーケティングとは、生活者の現在のカスタマージャーニーをブランドにとって有利に変化させる事に他なりません。有利な変化とは、カスタマージャーニーを促進、ないしはカスタマージャーニーからの離反を防止する事です。従って、変化のポテンシャルが無いインサイトに軸足を置いてしまえば、いくら提案が良くても現状のカスタマージャーニーを目指す方向に変化させる事もできないわけです。そこでカスタマージャーニーNAVIでは、インサイトの価値をデータドリブンで推定し、プランニング時点で購買行動の変化を事前予測するアプローチをとります。

 インサイトの価値を算定する時は、少なくとも「情報欲求軸」、「フレッシュネス軸」、「動くカスタマージャーニーの規模軸」の3軸を見るようにしましょう。まず、情報欲求は、インサイトストーリーに対して、他のインテンダー(購買を検討している人)がもっとその情報を知りたい、自分で調べるコストをかけてもよい、情報を他者と共有したいというなど、「知りたいというニーズが顕在化している強度」を表します。生活者が知りたい、必要だと感じている情報を提供する事が基本になるため、まずはインサイトストーリーに対する情報欲求がそもそもどれくらいあるのか、を見て情報への需要規模を判断します。言い換えれば「リーチ」のような位置付けの指標です。フレッシュネス値は、そのインサイトストーリーに含まれる情報に対して驚きと納得感が両方感じられるか、ストーリーを知ったことによる高揚感・幸福感がどの程度発生するかという「情報としての新しさ」の側面を表します。この値が低ければそもそも「当たり前の話である」という事を示唆しますので、驚きの文脈を創る事が難しくなります。最後に、「どれだけの規模の顧客の態度や購買行動を変化させ、企業が狙うゴールに向けて動かせるか」を予測します。そもそもインサイトが存在するのか、そのインサイトを基に施策を開発したとしてどれ位の規模のカスタマージャーニーを動かす事ができるのか、というポテンシャルを測ります。

 ※ 古川裕也 (2015). すべての仕事はクリエイティブディレクションである。宣伝会議

<5章​カスタマージャーニー設計におけるゴール設定 – 成果指標と中間指標(KGI、CSF、KPI)

7章​ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化>


カスタマージャーニーの教科書 目次

序章​はじめに

1章​カスタマージャーニーで考える意味と価値

2章​カスタマージャーニーの利用範囲、応用領域

3章​カスタマージャーニーの定義、及び類似概念との相違点、注意点について

4章​データドリブンでカスタマージャーニーマップを作成する

5章​カスタマージャーニー設計におけるゴール設定 – 成果指標と中間指標(KGI、CSF、KPI)

6章​カスタマージャーニーベースのインサイト探索と価値算定

7章​ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化

8章​ブランド体験デザイン ブランドが果たすべき役割と体験価値の設計

9章​リテンションデザイン 顧客の離反、流出、競合スイッチ防止

10章​ストーリーデザイン 行動を生む情報価値の設計とストーリー開発

11章​メディアプランデザイン カスタマージャーニーに寄り添う媒体計画

12章​カスタマージャーニー視点で検証する広告効果と費用対効果

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