設定した「あるべきカスタマージャーニー」を実現する為、「具体的にどのようなブランド体験により、どのような変化を生み出すか」という、ブランドが果たすべき役割を描いた設計図を作ります。
おおまかな手順としては、現状のターゲットの認識や行動(ASIS)をどう変化させるべき(TOBE)か、およびその変化を起こす為にブランドが提供すべきドライバー(プロポジション)は何か、という施策のアイディアを企画し、最後にその集合体であるブランド体験デザインの価値を予測、検証します。ブランド論的には、顧客の頭の中にあるブランドへの期待、つまりブランドアイデンティティを、ブランド体験を通して再定義していく事に等しいです。
ブランド体験デザインで役に立つ、パーセプションの分類と定義
カスタマージャーニーを軸にブランド体験を設計していく際には、まず3つの次元で「パーセプション」を考えます。パーセプションとは顧客の認識の事です。
1.エクスペリエンシャルパーセプション
「自社ブランドが優位になる為には、カスタマージャーニー上で顧客にこのような問題意識や認識、理想をもって欲しい」という、顧客との関係性構築におけるブランド側のゴールを、生活者主語、生活者視点で言い直したもの。
2.カテゴリーパーセプション
当該カテゴリーへの「現状の」期待や認識を表すストーリー。インサイト。ブランドは登場しない。カテゴリ視点。
3.ブランドパーセプション
ブランド体験の後に顧客の頭の中にあるべきパーセプションで、特定ブランドへの期待や認識を表すストーリー。ブランドに期待するストーリー、ブランドを理解するストーリー、ブランドを解釈するストーリー、ブランドを信頼するストーリーなど、ブランドと必ず紐付き、ブランドと生活者のあるべき関係性を表現している。
前章で設計した、ブランドが今後目指す「あるべきカスタマージャーニー」の各フェーズは、ブランドとターゲットの関係性を構築する接点と考えられます。そして、各フェーズの関係性構築接点で、「USPを与件にした時、ブランド側から見て狙って作りたい顧客の問題意識や期待」が生活者の視点で書かれています。つまり、1のエクスペリエンシャルパーセプションであり、あるべきカスタマージャーニーの各フェーズにおいてブランドのUSPが優位になるには、「顧客にこのような問題意識や認識、理想をもって欲しい」という、いわばブランド側のゴールを表しています。
このゴールを達成する為に、知らなければならないのが2のカテゴリーパーセプションです。カテゴリーパーセプションはターゲットペルソナが当該カテゴリの製品やサービスに対して、現状抱いている期待や持っている疑問などを表します。例えば、「一眼レフカメラって難しそう」「保険ってこういう所が分からないよね」、などです。認識の対象が”一眼レフ”や”保険”など、特定のブランドではなく総称になっているのが特徴で、そのカテゴリー全体に対する認識を示しています。つまりインサイトと同義です。「カスタマージャーニーの定義、及び類似概念との相違点、注意点について」の繰り返しになりますが、これらの「現状を表す」ジャーニーおよびその構成要素は、ワークショップで想像したり机上で書き出したりする主観的なものではなく、データから導き出す客観的なものです。
ブランド体験設計の胆は、この「現状の疑問や認識を、いかに自社ブランドにとって有利になるように変化させ、ブランドが優位となるエクスペリエンシャルパーセプションを実現できるか」です。具体的には、3の自社ブランドのUSPに対して望ましい認識であるブランドパーセプションの内容を、ブランド側のゴールであるエクスペリエンシャルパーセプションから逆算して設計します。ポイントは、自社ブランドのUSPと具体的に紐付いたブランドパーセプションに着地させる事です。
そして次に、カテゴリーに対する現状の認識であるカテゴリーパーセプションを、そのブランドパーセプションへ変化させる具体的な打ち手を講じます。この時に重要な役割を果たすのが、その変化をもたらすドライバーです。このドライバーはいわば「どういう価値提案を行い、現状の認識を狙った認識に変えるか」というプロポジションです。
カスタマージャーニーをブランドにとって望ましい状態に変化させる、価値提案の見つけ方
まず、カスタマージャーニーを軸にブランド体験を設計する場合、価値とは何かを定義しておきます。「それを提供する事による、カスタマージャーニー上でのパーセプションやエモーション、アクションの変化」を価値と呼びます。つまり価値とは変化の事です。現状の認識や期待を、自社ブランドに有利な認識や期待に変化させる事ができる提案をする事が、カスタマージャーニー上でブランドが果たすべき役割です。現状をブランドにとって望ましい状態に変化させる為に顧客に対して行う提案や打ち手を、カスタマージャーニーNAVIではジャーニーバリュープロポジション(JVP)と呼んでいます(本コンテンツでは単に、プロポジションと呼称します)。
これは端的に言えば、カスタマージャーニーを促進する為のアイディアで非常に多岐に渡ります。商品やサービスの属性情報、機能、デザイン、購買客の体験談、何らかの側面に特化した情報コンテンツ、RTB、などおよそマーケティング施策として顧客に提供できるアイディアのほぼ全てがプロポジションの候補として考えられます。ただし、これら単体では価値とはなり得ません。生活者に価値として認めてもらう為には、顧客が生活上の価値として自然に翻訳できる文脈に落とし込む必要があります。生活文脈にネストした価値提案を考えるという事は、顧客のカスタマージャーニーの中から「この人がブランドに期待していた事は何か」を見つけ、「この人のブランド体験はどうあるべきだったのか」を想像し、「ブランドは、この人の生活課題に対して具体的に何をしてあげられるか」を導く事です。顧客の体験データを、以下の様な視点を以って分析すると良いでしょう。
●そもそもカテゴリーに持っていた期待が、どう”毀損”されたのか
●ブランドへ何を期待していて、その期待がどう裏切られたのか、どの様なギャップだったのか
●どうブランドらしさが失われた体験だったのか、逆にブランド体験はどうあるべきだったのか
●ブランドに共感できるのは、自分のどういう価値観と合っていたからなのか。現実はそれとどう乖離したのか
これらの視点の本質は、カスタマージャーニー上で「ブランドが自分と関連の深いモノ・コト」として顧客に解釈されやすい接点」を見つける事です。そこに親和性の高いブランドプロミスやUSPを提案する事で、顧客自身が「自分にとってのブランドの意味と価値」を認識し、ブランドを主体的に自分ゴト化しやすい状態に導きます。
ブランドの果たすべき役割と、パーセプションチェンジの構造
ブランド体験設計は、カスタマージャーニー上の各フェーズで起こすべきパーセプションチェンジ(認識の変化)を1つ1つデザインすることが中心的な作業になります。その集合体として「あるべきブランド体験」のブループリントが完成します。ここで一度本章で登場した概念と、パーセプションチェンジの構造を整理しておきます。
カスタマージャーニーNAVIで考えるパーセプションチェンジの構造は
という連鎖構造をしています。この構造は、まず顧客の現状のカテゴリーに対する認識があり、それを変化させる事で企業が実現したいブランドに対する認識があります。その変化を生み出す価値提案がプロポジションです。そしてプロポジションによりブランドと生活文脈が関連付けられ、狙ったブランドに対する認識をもってもらう事で、ブランドのUSPが顧客にとっての「生活上の価値」として翻訳され生活に溶け込む、という流れになります。これが、あるべきカスタマージャーニーを創る際の、ブランドの果たすべき役割の要諦です。
”価値提案の価値”の予測1 – 動かせるカスタマージャーニーの「規模」と、購買行動を何%増加させるかという「変化力」
カスタマージャーニー戦略では、プロポジションはブランドを生活文脈に紐つけ、ブランドに有利な認識や期待に変化させる為の”翻訳機”です。そして上述した通り、価値とは変化です。変化をもたらさなければ、その提案は価値にはなりません。従ってプロポジションも作っただけでは未だ価値足り得ない、という事です。カスタマージャーニー上でのパーセプションやエモーション、アクションの変化という客観的事実、もしくは客観的予測によりその変化の根拠が与えられた場合に、それらのアイディアは価値として認められます。例えば、新規獲得の場合は、「それを伝える事で、どれだけ顧客の態度や購買行動を変化させ、企業が狙うゴールに向けて動かせるか」、離反防止施策の場合は、「それを伝える事で、どれだけ顕在客や見込み客の離反、流出、停滞、競合スイッチを抑えることができるか」です。
重要なのは「伝えたい事や伝えられる事を伝えるのではなく、伝えて動く(売上に繋がる)事を伝える」という原則で考えることです。例えばSEOの文脈で言えば、検索数は多いがただ単に知りたいだけ、検索してみただけ、というキーワードにSEO対策しても費用対効果は低いです。それでは購買行動に繋がらないからです。つまり、訴求する事で購買行動が増加するブランドイメージを訴求し、伝える事で購買確率が増加する製品属性を伝えるべき、という事です。従ってその価値提案が「どれだけの人に受容されるか」と「どれだけパーセプションや購買行動を変化させる力があるか」を知っておくことが、プロポジションを作成および取捨選択する際に肝要です。多くの人に刺さる価値提案でなければスケールできませんし、伝えても顧客が変わらなければ、KGIは変化しません。この情報は、価値提案の”ドライバー力”を予測する事で得られます。
ドライバー力とは、その価値提案により、
●何人の潜在顧客のカスタマージャーニーを変化させることができるか、という”規模”
●購買行動を何%増加させる事ができるか、という”変化力”
の2つの変数により規定される指標です。ここで言う変化力とは、例えば顧客獲得の視点であれば「施策前後で、どんな購買行動が何倍増加するか」、顧客維持の視点であれば「施策前後で、カスタマージャーニーの各フェーズにおいて、顧客流出やブランドスイッチが何倍減少するか」というパワーを数値化したものです。具体的にはデータサイエンスで、プロポジションに基づいたコミュニケーションを実施した場合(コンセプト、コピーライティング、クリエイティブ、コンテンツなど)、生活者のどんな認識や行動をどれ位変化させる事ができるかという期待値を予測して、金額や客数、購買行動の発生確率などに換算します。自然言語データの処理と予測を併せた解析アルゴリズムになるので数学的な説明は端折りますが、ドライバー力が高い提案ほど、狙った認識へ変化させる力が強く、より多くのターゲットのカスタマージャーニーに作用する事ができる事を表します。特に気を付けたいのが設定したKPIに対する変化力です。KPIはプロモーションやキャンペーンにおけるコミュニケーションの力点、つまり「どのような手段でKGIを達成できるか」というロジックにより設定されているはずです。同様にプロポジションもそれぞれ、このKPIへの変化力は強いが、こちらのKPIへの変化力は弱いというバラつきが発生します。力点に適したプロポジションを選びましょう。
最後に、設計したブランド体験デザイン全体の訴求力を評価します。ブランド体験の設計で採用したJVPは、ブランドを生活文脈に根付かせる橋渡し役であると同時に、ブランド体験を支える施策の軸となるコンセプト群でもあります。従って個別の評価に加えて全体の評価が望まれます。プロポジションの評価がブランド体験を構成するパーツの部分評価だとすれば、ブランド体験デザイン全体の評価は、あるべきカスタマージャーニーというブランドにとって理想的なプロセス全体に対して、今回作成したブランド体験デザインがどれだけ実現可能性があるのかというリアリティチェックにあたります。その為、もちろんプロポジションの評価のように規模と変化力は推定するのですが、ブランド体験デザイン全体の評価はむしろ設定したKPIやKGIへの変化力の方を主軸に検証します。
これらのデータを見ながら、プロポジションを作成、選択しブランド体験をデザインしていきます。規模と変化力を予測数値化してデータとして利用する事により、プランナーやマーケターは、カスタマージャーニーで特に変化させたいパーセプションやアクションを定め、それをピンポイントで狙って変化させる為のインサイトとプロポジションを数値的な根拠を持って取捨選択する事が可能となります。また、コアアイディアが決まっている状態であれば、それをサポートするクリエイティブデータとして利用する事も可能です。
<7章ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化
9章リテンションデザイン顧客の離反、流出、競合スイッチ防止>
3章カスタマージャーニーの定義、及び類似概念との相違点、注意点について
5章カスタマージャーニー設計におけるゴール設定 – 成果指標と中間指標(KGI、CSF、KPI)
7章ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化
8章ブランド体験デザイン ブランドが果たすべき役割と体験価値の設計
9章リテンションデザイン 顧客の離反、流出、競合スイッチ防止
10章ストーリーデザイン 行動を生む情報価値の設計とストーリー開発