カスタマージャーニーNAVIでは、現状のカスタマージャーニーの理解と診断から、あるべきカスタマージャーニー、ブランド体験、その実現の為のストーリーテリング及びメディアプランまで、カスタマージャーニーベースで一気通貫させる、というアプローチを提唱しています。他のコミュニケーション戦略と同様、コミュニケーションゴール、つまりカスタマージャーニーを起点としたコミュニケーションにより何を達成するのか、というゴール設定が必要です。
本章では、まず戦略ゴールの設定について基本的な話をします。その後、カスタマージャーニーベースのコミュニケーションデザインにおけるゴール設定のポイントを解説していきます。
KGI、CSF、KPIの基本
ゴール設定においてまず考えなければいけない指標が、KGIです。KGIは売上や集客数など経営目標とほぼ同義なので、ビジネスのゴールから天下り式に決まります。この新製品で売上目標○○億円、という指標です。そしてKGIを達成する為に重要な役割を果たすのが、CSF(Critical Success Factor)です。重要成功要因と訳しますが、ゴール達成を左右する、マーケティング活動において力点を置くべき重要課題です。従って、CSFはKGIに対して正の因果関係を持ち、競合に対して自社優位なものでなければいけません。設定したKGIに対して何がCSF足りうるかは、データドリブンで定量的に検証し決定する事が多いです。
CSF自体は例えば、安心感やコストパフォーマンスの良さ、ホスピタリティなど概念的なもので構いません。しかし「測定できないものは管理できない」の言葉通り、CSFが数字で測れなければ管理も改善もできないわけですから、CSFを測定可能なレベルにまで落とし込んでやる必要があります。それがKPIです。
KPIは、KGIを達成する為の具体的な指針や施策を評価する指標です。つまり測定可能でかつ、目標値の設定も可能でなければいけません。また、KGIとの関係で言えば、KGIが成果やゴールそのものを表す「結果系」の指標であるのに対して、KPIはそのゴールを達成して成果を出す為に必要なプロセス、つまり「原因系」の中間指標であると言えます。従って、1つのKGIに対して複数のKPIが設定されることもあります。もちろん同じ様なKPIを何個も用意しても非効率的になるため、MECEに取捨選択し、測定や運用がスムーズに執り行えるよう注意してください。
KPIの取捨選択に関しては、
●全てのCSFを特定した後に、対応したKPIを決定すること
●定量的に測定可能なこと
●測定に信頼性と妥当性があること
●KGIの増加よりKPIの増加が時間的に先行すること
●KPIが増加すればKGIが増加するというパターンが複数回再現、観測されていること
●KPIとKGIの相関に、論理的な説明がつくこと
●判断基準が明確なこと(ノルムなど)
●マネジメントと現場で使う側の納得感があること
●データ収集から分析、PDCA運用までサステナブルであること
●短期的、中長期的視点からみて網羅的であること
●ターゲットセグメントとの整合性がとれていること
などが主な注意事項となります。
カスタマージャーニー視点でのゴール設定のポイント
ここからはカスタマージャーニーを設計していく上で、ゴールおよび評価指標の設定に関して重要になってくるポイントについて解説します。まず、KGIにはマーケティングゴール/ブランドゴールを設定するのが一般的です。というのも経営目標そのものをKGIとして設定するとマーケティングの範疇を超え、キャンペーンフォーカスがブレる可能性が高いからです。例えば利益などは、マーケティング以外の要因にも左右されます。そこで、カスタマージャーニーで実現するKGIとしては、以下のような、マーケティング領域に特化したゴールを置く事が多いです。
キャンペーンセントリック(短期的)
●短期的な売上増を達成する
●新しいターゲット層に訴求する
●トライアル率を高める
●コンバージョン(問い合わせ、来店など)を高める
●WOM(クチコミ)や推奨意向を高める
オルウェイズオン(中長期的)
●リピート率を高める
●既存客を維持しつつ、新規客を取り込む
●顧客育成に最適なコンテンツを作成する
●リードジェネレーションで見込み客を増やす
●エンゲージメントを高め、顧客との関係性を高める
ブランド価値、ブランド体験
●ブランド価値を高める
●CLV(顧客生涯価値)を最大化する
●リポジショニング・ブランドの若返りを実現させる
●顧客接点ごとのメッセージを最適化する
●ブランド体験の質を高める
競合戦略
●競合スイッチを防ぐ
●競合に対して有利なポジションを築く
カスタマージャーニー視点でのKPI設定のポイント
1つ目のポイントは、「ジャーニーの変化とその要因」に注目する事です。そもそもカスタマージャーニーを設計するという事は、マーケティング施策をカスタマージャーニーに寄り添うように展開し、自社ブランドにとって望ましい変化を促す事です。それによってゴールを達成しようとするわけです。言い換えれば、自社ブランドにとって「カスタマージャーニーの望ましい変化」自体が1つのプロセス評価指標になります。この評価指標を見つける基点となるのが、顧客の現状のカスタマージャーニー上のターニングポイントを特定する為の分析です。分析の要諦は、カスタマージャーニー上で顧客の感情や行動が変化したポイント、つまり生活者の行動導線上に現れる購買行動やブランドに対する態度の変化と、その原因を突き止める事です。例えば、期待と現実のギャップが発生する瞬間に着目します。そして、それをきっかけに問題意識や、物事の判断基準、目指す理想、疑問などが新しく生まれる、もしくは既存のものが更新される瞬間をつかまえに行きます。その上で、それらの変化が自社ブランドのあるべきカスタマージャーニーにとって”望ましい”性質を持っているか、データドリブンで判定します。何を以って望ましいと判定するか、などこの辺りの分析については、次章「カスタマージャーニーベースのインサイト探索と価値算定」で解説します。
2つ目のポイントは、適切なKPIをカスタマージャーニーの「フェーズごと」に設定する事です。あるべきカスタマージャーニーを設計し、より価値のあるブランド体験をデザインするする、これらはカスタマージャーニーというプロセスを設計・管理する事に他なりません。従って、KGIの様な結果・成果指標の設定だけでは不十分です。結果指標だけだと、プロセスのどこにどんな問題があるか分からないため、結果、具体的にどうすればよいのか分からないからです。そこで、カスタマージャーニーをいくつかのフェーズに分け、それぞれのフェーズで中間目標とそれに対応するKPIを設定するべきです。例えば購買前、購買時、購買後の3つのフェーズを考えてみましょう。購買前では、自社製品やサービスのUSPに合った(USPが解決できる)問題や生活課題を意識させる事、その問題を解決する事によって実現できる理想の生活状況を想起させる事などにより、当該商材カテゴリーや自社ブランドへの購買動機を形成する事が中間ゴールになるでしょう。購買時では機能や性能自体への納得感、競合ブランドとの優位性の理解、その為のRTBの理解や共感などが中間指標になるでしょう。そして購買後は、ブランドが提供する機能や性能の実感および、ブランドの生活ゴト化、USPによる生活の質の向上実感に基づく他者への推奨などが主たるゴールになるでしょう。
3つ目のポイントは、各媒体に担うべき役割を持たせ、それをKPIとして組み込み評価する、「媒体の目標設定」事です。カスタマージャーニーでは、顧客接点やメディアとの接触による顧客の体験が、生活動線に紐付いて可視化されます。つまり、どの媒体や顧客接点でどのような体験をしたから、後の行動がこう変化した、もしくは購買行動やパーセプションがこう変化した、という因果関係についての示唆が得られます。そのデータから各媒体がどの様な役割を果たしたのか、今後どの様な役割を担うべきなのか、という目標設定が可能になります。媒体の強み弱みを把握しておき、各使用媒体に明確な役割を持たせるという媒体の目標設定は、媒体計画の設計および広告効果測定の観点から特に重要になります。メディアプランの章で後述しますが、カスタマージャーニーを軸に設計するメディアプランニングは、「いかにカスタマージャーニーに寄り添い、動かす事ができるか」という視点から構築します。最終的には、カスタマージャーニーの促進、および離反防止の観点から、「どこで、どんなストーリーテリングをするのが最適なのか」という出稿計画に落とし込みます。その時点で、当該プロモーションやキャンペーンにおける媒体の役割が具体的に定義されますので、それを媒体KPIとして設定します。そのKPIを基に、キャンペーンやプロモーション後の効果測定において、想定通りの効果を発揮できたかを検証します。カスタマージャーニーベースの広告効果測定については、ThirdMan Journey-Drive Editionをご覧ください。
4つ目のポイントは、現状のカスタマージャーニーを診断し問題のある箇所を特定、「顧客維持、離反/流出防止の視点からKPIを設ける」事です。複数のカスタマージャーニーマップをデータドリブンで作成して統合、分析する事で、途中で購買行動を中止、離脱、もしくは競合製品へスイッチするという死に筋のパターンや、やっぱりやめた、もう一度よく考えてみよう、とりあえず棚上げしておこう、等のジャーニーを停滞させているボトルネックを特定する事ができます。そこから、カスタマージャーニーのどこで、何人の潜在顧客が流出しているかを推定します。これらのカスタマージャーニーのどこに問題があり、どのような変化を起こす必要があるのかという分析結果から逆算して、「あるべきカスタマージャーニーを実現するには、プロモーションやキャンペーンにより、どのような態度や行動の変化をジャーニー上で起こす必要があるか」という中間目標を探索していきます。このアプローチは現状のカスタマージャーニーの診断に基づいたデータ探索的な方法ですので、先に述べたようにデータドリブンで同一ターゲットセグメントから複数のジャーニーマップを作成し、パターンを解析する必要があります。大まかな目安としては、同一ターゲットセグメントにおいて、30~100人分位のカスタマージャーニーマップが必要です。当然ワークショップなど人力で作成するわけではなく、データドリブンでカスタマージャーニーを作成、主要KPI探索の為の自然言語解析と時系列分析を組み合わせた少々高度な解析が必要になります。詳しくは「リテンションデザイン」の章で解説します。
ここまでは企業側の視点でポイントを書いてきましたが、生活者が生活の中で自主的に用いている判断基準や経験則を拾い、その基準に照らし合わせて、自社のブランド及びブランド体験がどう評価され、どんな価値を提供できているか、という生活者視点の評価指標を取り入れる事も重要です。これが5つ目のポイントです。何故生活者が用いている判断基準が重要かと言うと、まずそれが「顧客の中で自発的に顕在化した判断基準である」事が挙げられます。顧客はブランドの顧客である前に、生活者です。その人の経験を通して生まれ、生活の中で取捨選択され、課題解決や意思決定に使われている視点は、科学的に間違っていても、経済学的に合理的でなくても、その人の中では正義なわけです。文化人類学ではこれを”メンタルモデル”や”ビリーフ”と呼びます。カスタマージャーニーに寄り添うというのはその人の生活に寄り添う事に限りなく等しいと言えます。従って、顧客が生活の中で生み出した「最も正しい考え方」にブランドが寄り添えているかは、ブランドとその人がどれだけ近い関係性を築けているか、を示す良い指標となります。顕在化した判断基準を探索するには、カスタマージャーニーの中でも特に、購買後の推奨フェーズに着目するとよいでしょう。自主的な推奨の中には、経験に基づきその人にとってブランドがもたらす良いコト、つまり価値と、ブランドを価値たらしめるその人なりのロジックが顕在化する事が多いからです。
<4章データドリブンでカスタマージャーニーマップを作成する
6章カスタマージャーニーベースのインサイト探索と価値算定>
3章カスタマージャーニーの定義、及び類似概念との相違点、注意点について
5章カスタマージャーニー設計におけるゴール設定 – 成果指標と中間指標(KGI、CSF、KPI)
7章ブランドが目指すべきカスタマージャーニーの設計と認識変化
8章ブランド体験デザイン ブランドが果たすべき役割と体験価値の設計
9章リテンションデザイン 顧客の離反、流出、競合スイッチ防止
10章ストーリーデザイン 行動を生む情報価値の設計とストーリー開発