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購買プロセスに沿った認識変化を起こして購買まで導く

Q:どの顧客接点で何をどう伝えればいいのか、IMCの全体設計のフェーズが弱い。顧客接点ごとにどんな施策を用意して、どんな体験を提供すれば、成果につなげていけるのか。

A:まず、自社商材の買われ方を調査して、非認知からロイヤル顧客になるまでのプロセスを明らかにします。そのプロセスのフェーズごとに「何を訴求軸に置いた施策が必要か」を考えた後、施策に適した顧客接点(媒体)を当てはめていきます。


●媒体からではなく、マーケティングゴールから考える
消費者の購買行動は多様化していますので、まず自社や競合がどのような買われ方をしているのかを調査して、見える化しておくことが重要です。一般的に購買行動プロセスや行動モデルと呼ばれるものです。購買行動プロセスは、例えば非認知の状態から関心を持ち、期待を持ち、トライアルして、満足したらリピートするといった変化の連鎖と言えます。

顧客接点と接点事の適切な顧客体験を組み合わせて、この「変化の連鎖」を効率的に促進することがIMC(Intergrated Marketing Communication)の役割です。しかし、媒体や顧客接点から先に考えると思考の迷路に陥ります。クロスメディアやマルチチャネル戦略の場合も同様です。媒体や顧客接点というのは、あくまでマーケティングゴールを達成するための手段です。手段から目的は逆算できません。まずは、顧客の購買プロセスに沿っていくつかのゴールを設けて、どういう順序で顧客の認識や行動が変わっていけば、非認知の見込み客を育てて購買、ロイヤル化していくことができるかという順序で考えていきます。

顧客体験マーケティングには、ブランドを価値として成立させた変化を顧客体験から抽出して、より多くの顧客に向けた施策として再現するというアプローチがあります。変化を生み出す施策を作るには、実際に変化を経験した顧客の体験を観察して、「特定の刺激や条件下で、ある認識が別の認識に変化した」という変化の構造を学ぶことが肝要です。マーケターが促進したい特定の変化をすでに経験した顧客のことを「ベンチマークカスタマー」と呼びます。

今回は、このベンチマークカスタマーから変化が起きやすい条件やその時の状況、文脈を学び、施策化することで、変化の連鎖を効率的に仕掛けるIMCの設計方法を紹介します。

■分析ポイント1 商材の買われ方を調査して、非認知からロイヤル顧客になるまでのプロセスを明らかにする

まず、自社商材の買われ方(ブランドの選ばれ方)を調査して、非認知の状態からロイヤル顧客になるまでのプロセスを明らかにします。既存の購買行動モデルを利用してもよいですが、実際の購買プロセスは商材の買われ方次第なので、ターゲット顧客のカスタマージャーニーを分析して、データドリブンで設定することをお勧めします。カスタマージャーニーの分析は、消費者行動図鑑やカスタマージャーニーNAVIが詳しいです。

→消費者行動図鑑 https://kawarekata.com/
→カスタマージャーニーNAVI https://www.journey-navi.com/

一般消費財であれば、おおよそ以下のようなプロセスになってくると思います。各フェーズの認識変化を1つのゴールと捉えて、段階的に変化を起こしていくことで、非認知の状態から最終的にはロイヤル化を目指そうというわけです。

<一般消費財の購買プロセス例>

この「変化の連鎖」を効率的に起こすことがIMCの役割です。様々な顧客接点を組み合わせるというのは、変化を起こす手段の1つでしかありません。従ってまずは、それぞれの変化をどうしたら起こせるのかを考えるのが先決です。

■分析ポイント2 購買行動プロセスを分解して、顧客体験として観察できるようにする

購買プロセスで定義された変化を起こす施策の骨子となる、ストーリーを作成していきます。顧客体験マーケティングを運営する(株)コレクシアが、100以上のブランドにおける5000以上の顧客体験を分析した所、ブランドが顧客の価値として受け入れられるプロセスには、「現状体験」、「課題感の発生」、「受容価値」、「生活変化」という4つの起点があることが分かりました。

<ブランドが顧客にとっての価値に変わる「4つの起点」>

●現状体験:
顧客は現状の体験を当たり前と思っている。特に問題意識があるわけでもなく、価値を感じているわけでもない。この現状体験に対する新しい視点や捉え方が広告などを通して提案されることで、ブランドが価値になるプロセスが生まれる。

●課題感の発生:
当たり前と思ってきたことが当たり前ではなくなることで、現状の体験に課題感が発生する。生活に深く根差していることであるにも関わらず、普段意識することがないため、いざそれが崩れた時に「あれ困ったな、どうしよう」という課題感が生まれ、その差分に課題を解決する手段としてブランドへの需要が生まれる。

●受容価値:
発生した課題とブランドの便益が整合(マッチ)することで、ブランドが顧客の価値として成立する。ブランドからの提案が自分事化され、直接的な購買行動を喚起する。

●生活変化:
購買後の生活が顧客の理想や規範に近い体験へと変化することで、「この体験が得られるのはこのブランドだけ」という体験とブランドの同一化が起こる。購買前の期待が満たされ、かつ顧客の主観的な正解に近いブランドとして認識されることで、リピート購買やファン、口コミなどのロイヤル化が起こる。

この4つの起点から、実際にブランドが顧客にとっての価値になった体験を観察・分析して、変化が起こりやすい条件を見つけていきます。その条件を使って、施策のストーリーを開発するわけです。


まず、先に設定した購買プロセスをこの4つの起点に整理します。これにより一定の手続きに従って顧客体験を観察して、体験をデータとして扱うことができるようになります。例えば少し古いですが、AISASなら以下のように分類されます。

<AISASの分解>
・現状体験:A
・課題感の発生:A→I
・受容価値:I→S、S→A
・生活変化:A→S

先に例示した一般消費財の購買プロセス例なら、次のようになります。

<一般消費財の購買プロセスの分解>
・現状体験:非認知
・課題感の発生:非認知→興味
・受容価値:興味→期待、期待→トライアル
・生活変化:トライアル→納得、納得→リピート

最近の購買行動モデルとしては、例えば日本プロモーショナル・マーケティング協会が「プロモーショナル・マーケティング ベーシック(2019)」で発表した、RsEsPsが挙げられます。分解すると次のようになります。

<RsEsPsの分解>
・現状体験:Search、Share、Spread
・課題感の発生:Recognition(Search、Share、Spread)
・受容価値:Purchase(Search、Share、Spread)
・生活変化:Experience(Search、Share、Spread)

現在多くの消費財、耐久財で主流のモデルに、クー・マーケティング・カンパニーの音部氏が開発したパーセプションフローモデルがあります。パーセプションフローは、モデルで、ほとんどの商材カテゴリに当てはまるよう調整されています。以下のように分解されます。

<パーセプションフローの分解>
・現状体験:現状
・課題感の発生:現状→認知、認知→興味
・受容価値:興味→購入、購入→使用
・生活変化:使用→満足、満足→再購入、再購入→口コミ

■分析ポイント3 ベンチマークカスタマーを定めて体験を観察する

次に、変化を起こしたいフェーズに該当する顧客の体験を観察して、有効なストーリーを作るヒントを得ていきます。顧客体験マーケティングでは、特定の変化を経験してブランドがすでに価値として成立している顧客のことを「ベンチマークカスタマー」と呼びます。

ベンチマークカスタマーが体験した一連の認識変化をデータとして、他のターゲット顧客に向けたストーリーに落とし込んでいきます。例えば、一般消費財の購買プロセスの「納得→リピート」を促すストーリーを作るのであれば、「納得→リピート」という変化を経験した顧客がベンチマークカスタマーになります。

<一般消費財の購買プロセスの分解>
・現状体験:非認知
・課題感の発生:非認知→興味
・受容価値:興味→期待、期待→トライアル
・生活変化:トライアル→納得、★「納得→リピート」→この変化を経験した顧客がベンチマークカスタマー

「納得→リピート」は価値の起点で言うと”生活変化”に属するので、ベンチマークカスタマーの生活変化の体験が観察対象になります。

■分析ポイント4 顧客体験をデータとして見える化する

顧客体験は、顧客の「ナラティブ」を通して観察します。ナラティブとは顧客が語る一人称視点の物語のことで、「その人がそう感じる背景や事情」を理解したうえで一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することが望まれる医療や看護、教育、福祉といった対人サービス分野で発展したアプローチです。ナラティブを使った分析実務については、こちらの別記事で詳しく解説しています。

現状体験、課題感の発生、受容価値、生活変化という4つの起点でナラティブを整理すると、以下のようなデータが得られます。


分析対象となったナラティブ全文をこちらから見られます。

■分析ポイント5 変化の構造を特定して、認識変化を起こすストーリーを起案する

体験の観察データから、認識変化が起こりやすい条件を見つけていきます。具体的には、以下の3点に絞って分析を進めるとよいでしょう。

・変化前の認識は何か
・ブランドを価値として成立させた刺激や要因、文脈何か
・変化後の認識は何か

この「特定の刺激や条件下で、ある認識が別の認識に変化した」という変化構造がストーリーの基本形になります。例えば以下は、男性用化粧水ブランドを購入後、使用感に納得してリピートしたベンチマークカスタマーのナラティブから導いた、「納得→リピート」の変化構造です。

<納得→リピートの変化構造>

この構造から動画CM用の絵コンテを起案すると、以下のような案が考えられます。実際には変化構造からさらに情景描写や登場人物、セリフなどを特定する「シンボル化」という分析を行うのですが、ここでは省略します。

■分析ポイント6 購買プロセスの複数フェーズをカバーする費用対効果の高いストーリーを作る

これで「納得→リピート」というフェーズの変化に対して効果的なストーリーが完成しました。基本的には、残りのフェーズに対しても同様にストーリーを作成して、非認知からロイヤル化まで抜け漏れなく変化が続くように設計します。その後、それぞれのストーリーを表現するに適した媒体を選びます。

しかし時間やコスト面の問題で、別バージョンのストーリーをいくつも作ることが厳しい場合もあるでしょう。そういう時は、いくつかのフェーズをまとめて1つのストーリーに仕立てることも可能です。以下は、同じ男性用化粧品ブランドでトライアルまで進んだ顧客のナラティブを分析して、非認知(現状)からトライアル後の納得感が生まれるまでの変化構造をまとめたものです。

<非認知→興味→期待→トライアル→納得の連鎖的な変化構造>

1フェーズの変化構造と異なり、認識変化が連続して起こって最終的な認識3にたどり着いていることが読み取れるかと思います。この変化構造からは次のようなストーリーが考えられるでしょう。


この連鎖的な変化構造から作成したストーリーは、購買プロセスの「非認知→興味→期待→トライアル→納得」という複数フェーズをまとめて促進するストーリーとなります。このストーリーと、分析ポイント5で作成した「納得→リピート」のストーリーの2つで、非認知からロイヤル化までの全プロセスをカバーできるようになるわけです。

■分析ポイント7 複数ブランドから構成されるポートフォリオがある場合のストーリー開発と媒体選定

さて、ここまでは1ブランドのIMCを想定してきましたが、複数ブランドでのIMCを考えなければいけない状況もあるでしょう。様々な利用シーンやターゲットに応じてサブブランドを展開している場合などです。こういった複数のブランドから構成されるポートフォリオの場合、ブランドごとに適したストーリーを用意します。それぞれのブランドのターゲット層からベンチマークカスタマーを特定して、その顧客体験からブランドが価値となる構造を探り出します。

次のポートフォリオは架空の男性用化粧水ブランドで、朝、夕方、夜という異なるシーンについて、ブランドの異なる側面を価値としてストーリー化しています。

最後にそのストーリーを提供するにふさわしい媒体、顧客接点を割り当てます。このポートフォリオであれば、朝の利用機会のストーリーには電車内やスマホニュースサイトなどが適しているでしょう。夕方の利用機会ならゲームアプリ内広告やSNS広告、ポップアップストアでの体験イベント、夜の利用機会ならTVCMやYouTube広告が当てはまりが良さそうです。

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芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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