Q: 広告開発を代理店に任せきりの状態から脱すべく、メーカー側である程度のクリエイティブディレクションができるようにしないといけないという問題意識がある。ただ今まで丸投げで来たので、顧客調査やデータ分析はできても、その顧客理解を施策に落とし込む所が弱い。
A:顧客理解からデータドリブンで施策を開発する「アクセプターモデル」のトレーニングをしましょう。
●実在する顧客の体験から、クリエイティブや動画CMの骨子となるストーリーを生み出す仕組み
まず、次の絵コンテを見てください。
これはある男性用スキンケアブランドのトライアル促進のために、顧客体験からデータドリブンで作成したものです。ポイントを押さえて顧客体験をデータ化すれば、実際の顧客体験からこのようにクリエイティブや動画の骨子となるコミュニケーションストーリーを作ることができます。ここではその流れを説明していきます。
■分析ポイント1 顧客が新しさを感じるためのベースラインを描く
コミュニケーションストーリーを作る時にまず取り組むべきことは、顧客が新しさを感じるためのベースラインを決めることです。今まで買ってくれなかった人は、同じことをしていても買ってくれません。今まで買ってもらえなかった人に買ってもらうためには、今までとは異なる切り口でブランドに価値を見出してもらうことが必要です。
新しさは相対的です。生活の中に深く根差していて普段意識されないことほど、変化したときに新しいと感じられやすくなります。従って新しさを感じてもらうには、敢えて「新しくない状態」を用意しておき、そこからの差分を描くことが効果的なわけです。この顧客が新しさを感じる起点となる新しくない状態の描写のことをベースライン、と呼びます。
ベースラインを作るには、顧客体験の中で「特定の生活シーンにおいて普段意識されることもなく、よって課題や価値として認識されることもない現状の体験」を探します。簡単に言えば、顧客にとって“当たり前”の認識や行動のことです。以下のようなポイントに注目してみましょう。
<顧客にとっての当たり前の例>
・今まで知らなかったので、重視してこなかった
・当たり前すぎて、意識したことがなかった
・知ってはいたが、関心がなかった
・知ってはいたが、重要視してこなかった
・知ってはいるが、他人事だった
・知ってはいるが、他人事だった
冒頭の例では、ベースラインは次のようになります。実際は顧客体験を観察して、実在する顧客のベースラインを基に作成します(顧客体験の観察方法については、こちらの記事で詳しく紹介しています)。
■分析ポイント2 対立構造を描いて、課題感と需要を発生させる
当たり前と思ってきたことが当たり前ではなくなることで、現状に対する課題感が発生します。生活に深く根差していることであるにも関わらず、普段意識することがないため、いざそれが崩れた時に「あれ困ったな、どうしよう」という課題感が発生するわけです。そこに、その課題を解決する手段としてブランドが価値に変わる機会が生まれます。
広告を例に、この課題感の発生メカニズムを見ていきましょう。まず顧客は、広告で描かれた体験と、自分が暮らしている現状の生活が違うという“差分”を認識します。この差分を認識することで、今まで当たり前に行ってきた行動や疑問を持つこともなかった生活側面に初めて意識が向くようになります。心理学に認知的斉合性(せいごうせい)という考え方があります。自分が元来持っている認識と矛盾する内容の情報や状況に直面した時、人は心理的な不均衡を感じて頭の中でつじつまを合わせようとします。この時、認識に変化が起こります。新しい情報に対して矛盾が起こらないように、これまで自分が培ってきた認識や物事の見方を調整するわけです。
広告から刺激を受けた顧客がこの不均衡を解消するには、広告で描かれた理想的な内容と、現状の生活との差分をゼロにするか、理想と現状のどちらかを否定するしかありません。しかし理想と現状が異なっているのは事実なので、差分をゼロにはできません。もし、ブランドから提案された理想を顧客が否定すれば、不均衡は消えます。例えば新車を買ったばかりの人は、他の車のCMに対して否定的になるでしょう。ブランドからの提案に興味がない、よく分からない、単純に好きじゃないと判断された場合も否定されます。
提案された理想を顧客が否定しなければ、今まで当たり前と思ってきた体験の方に疑問や違和感を覚えるようになります。大して気にしていなかった問題やそういうものだとあきらめてきたことに課題感が生まれ、その課題が差分の原因になっていると認識を変えることで、つじつまを合わせようとするわけです。この認識変化が起こせるかどうかで、施策が需要を生み出せるかどうかが決まります。問題意識がなかったことが重要な課題へと変化した、もしくは、今まで当たり前だと思ってきたことの価値を再発見したといった認識の差分に、需要が生まれるからです。
提案された理想を顧客が否定しなければ、今まで当たり前と思ってきた体験の方に疑問や違和感を覚えるようになります。大して気にしていなかった問題やそういうものだとあきらめてきたことに課題感が生まれ、その課題が差分の原因になっていると認識を変えることで、つじつまを合わせようとするわけです。この認識変化が起こせるかどうかで、施策が需要を生み出せるかどうかが決まります。問題意識がなかったことが重要な課題へと変化した、もしくは、今まで当たり前だと思ってきたことの価値を再発見したといった認識の差分に、需要が生まれるからです。
このロジックをストーリーで再現するには、ベースライン描写と課題感描写を用いて「当たり前の現状体験 VS 課題化された現状体験」という対立構造を作ります。例だと次のような対立構造になり、「では、どうしたらいいのか」というブランドからの提案が価値になる文脈を形成しています。実務ではベースラインと同様、実在の顧客の体験からデータドリブンで作成します。
<対立構造を描くメリット>
・現状の顧客体験から、ブランドが狙いたい課題感を自然に発生させる
・表現の新しさだけではなく、需要を喚起する新しさを生み出す
・ストーリーで描くべき登場人物や感情を明らかにして、シーンを設ドからのメッセージを伝える前提となり、提案に共感を得やすくなる
■分析ポイント3 受容構造を描いて購買に納得感を与える
ストーリーの中で問題提起の役割を果たすのが対立構造であるのに対して、ブランドによる問題解決を描く部分を「受容構造」と呼びます。受容構造は、ストーリー上で課題を解決する手段としてブランドを位置付けて、購買に対する納得感を生み出す役割を担います。
まず「顧客に価値として受け入れられる」とはどういうことか、どのようなビジネスメリットがあるのかを理解しておきましょう。”Bundle of benefits(便益の束)”という言い方があるように、ブランドは様々な便益の集合体であり、それぞれの側面が価値になる可能性を秘めています。しかしどの側面が価値になるかは、顧客の課題感次第です。従ってコミュニケーション開発時には、顧客に価値として受け入れられた便益に着目すべきであるということです。
さて、ブランドへ興味を持った人に購買へ踏み切ってもらうためには、「このブランドを買えば課題が解決されそうだ」という納得感を持ってもらう必要があります。この納得感を狙って作るにはどうすればよいでしょうか。顧客の課題とブランドが提供する便益が噛み合わないとブランドは買われません。逆に考えれば、購買されたということは課題と便益がマッチしたということです。 実際に顧客の課題と噛み合うことでブランドを価値として成立させた便益のことを、「受容価値」と呼びます。つまり、顧客体験の観察を通して受容価値を特定してストーリーに織り込むことで、顧客がブランドを受け入れたときの「納得感」を再現することができるというわけです。そして、この受容価値により対立関係が解消され、アウフヘーベン(広告コミュニケーションを受けた顧客に新しい視点が生まれること)が起こる様子をストーリーで描いていきます。
受容構造を作るときのポイントは、受け入れられた便益(受容価値)、便益が解決する課題、便益を実現するRTB(Reason to Believe)をセットにしておくことです。RTBとは、ブランドが課題を解決することができるという提案の根拠にあたる部分です。例えば化粧品で「透明感のある肌」を訴求したいのであれば、透明感を実現するための成分をセットにして「成分A配合で透明感のある肌に」といったコピーが考えられます。この場合、Aという成分が「透明感のある肌」を実現するRTBです。
RTBはさらに「機能的なRTB」と「機能以外のRTB」に分けて考えます。機能的なRTBとは機能や物性、成分、原材料など便益を実現するモノとしての特徴や属性のことです。機能以外のRTBとはブランドを支える資産のことで、人材や設備、研究開発、流通網、作り手の想いなどのブランドストーリー、文化や歴史、職人の技、ビジョンやミッションなどが含まれます。特に機能以外のRTBは、個別のプロモーションやキャンペーンが上流のコーポレートブランドやビジョンとどう結びついているのかを表現するという重要な役割を果たします。
冒頭の例では、次のような受容構造になります。
<受容構造を描くメリット>
・対立構造で喚起した需要を満たす手段として、ブランドをポジショニングできる
・「購買に踏み切る納得感」を狙って再現できる
・顧客の課題とブランドの提案を自然につなげ、購買に納得感を与える
・モノとしての機能、ビジョン、ブランドストーリー、顧客への便益に一貫性を持たせる
■分析ポイント4 対立構造と受容構造のストーリーから、動画の絵コンテを書き起こす
これで、対立構造と受容構造が揃いました。
このストーリーを動画CM用に書き起こしたのが、冒頭で紹介したの絵コンテです。
NEXT:顧客の課題感と発生メカニズムを科学的に解き明かす>
この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)
消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。
【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about