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ブランドが顧客の価値になる「条件」を探る

Q: 顧客理解のズレが社内外の実務に支障をきたしています。社内では顧客についての認識や理解度がメンバーによって異なり、意思疎通に行き戻りが発生する。社外でいえば、代理店へのブリーフで製品コンセプトやペルソナを伝えているが、上がってきたコンプの「これじゃない感」が強いことがままある。何を共通言語として、どう認識を共有していけばこういう齟齬がなくなるのだろうか。

A:顧客の人物像ではなく、顧客にとっての価値が成立する条件を共有しましょう。ペルソナやジャーニーは、顧客がどういう人であるか、どういう行動をしているかといった「現状こうである」という理解になります。実務での齟齬を無くすには「である」の共有ではなく、「だからどうしたら買ってもらえるのか」レベルで認識を共有できるように、一歩踏み込んだ顧客理解を行いましょう。


●イメージ像ではなく、「どうしたら買ってもらえるか」で認識を共有する
昔からある問題です。ペルソナやカスタマージャーニーで解決したかに見えましたが、これらには顧客理解の共有ツールとしていくつか欠点があることが分かってきました。次のペルソナプロファイルを見てください。

[首都圏在住の30代男性で広告代理店に勤務。SNSをよく見る。購買前にいろんなサイトで比較する。一人暮らし。趣味は旅行で、週末のドライブが好き。高校と大学で野球をしていて、社会人草野球チームに入ろうか検討中。現在彼女募集中で、、、]

作りはしたが使われなかったペルソナを拝見させて頂くと、ターゲットの”人となり”はとても豊かに記述されているのですが、購買行動と関係ない情報が散見されます。活き活きとしたターゲット像に見せるための人物像や感情グラフなどは”作った感”はありますが、どうしたらその人に買ってもらえるかが見えてきません。例えば上記の例では、SNSをよく見ていて購買前に比較するなど、顧客体験”ぽい”情報もありますが、購買との因果関係に言及していないので、この人にSNSでどんな体験を提供したら買ってもらえるかが分かりません。顧客像だけ共有しても、結局やるべきことについては属人的なアイデア勝負になるので、そこで認識がバラつきます。 

 さて、顧客体験を見える化するためにカスタマージャーニーを書いてみた、という方も少なくないと思います。たしかにカスタマージャーニーは顧客体験を理解するには優れたツールです。しかし、その理解を戦略や施策に落とし込むツールではありません。この2つは別のタスクなのですが、よく混同されています。そして混同されたまま実務の現場に浸透してしまったのが、日本のカスタマージャーニーです。

例えば、「ブランドを知ってはいたが今まで購買しなかった客が、新規に購買した」という状況を想定してみます。今まで買わなかった人が買ったということは、ブランドが対価以上の価値に変わる何かしらの「変化」が顧客側にあった、ということです。したがって、そのようなトライアルを増やしたいのであれば、単に現状の顧客体験を表すジャーニーを描くのではなく、ブランドが購買された時、顧客の生活にどのような「変化」があったのかを理解できるジャーニーが必要になります。

つまり極端な言い方をすれば、本来ペルソナやカスタマージャーニーで描くべきは人ではなく、その人にとってブランドが価値に変わる理由や条件ということになります。そこを共有できれば、「だからどうすべきか」の部分での認識がズレません。また代理店に対しても、適切な制限の中でクリエイティビティを発揮してもらうことができます。

■分析ポイント1 ブランドが価値に変わる理由や条件に着目する

顧客理解の本質は、変化の視点をもって顧客を理解して、ビジネスの要件に変換することです。メンバーや代理店との共有という意味でいえば、「顧客がどう変化したのか、なぜ変化が起こったのか」という顧客体験を理解して、「だから、戦略や施策をどう変えればよいのか」というビジネス側の変化を共通認識として持つべきです。

どのような変化があった時に欲しいに変わるのか。ファンになるのか。競合ブランドからスイッチするのか。このような「何がどう変わったから購買したのか」が分かれば、「購買してもらうためには何をどう変えるべきか」は逆算できます。「顧客体験マーケティング」では、こういった変化を促進する情報を「価値成立条件」と呼びます。

価値成立条件を考えるうえで重要なのが、顧客の「考え方の癖」を明らかにすることです。人は暮らしてきた環境や自身のこれまでの経験などから自分なりの視点や判断基準を培い、それに基づいてでき事に意味付けをして物事の価値判断を行います。人にはそれぞれ「これはこういうものだ」「こういうときはこうしたほうがいい」といった世の中を理解すための経験則や経験知があり、それに従って生活しているということです。

これを「ドミナントストーリー(考え方を決定づける支配的な物語)」と言います。これらの経験則や経験知は当然ブランドを選択するときも使われるので、それに寄り添うように新たな顧客体験を作り上げれば顧客に受け入れてもらいやすくなるわけです。ドミナントストーリーを理解したうえで、同じ出来事を別の視点から異なる意味付けを行った解釈のことを、オルタナティブストーリー(語り直された、代わりとなる物語)と言います。

■分析ポイント2 ドミナントストーリーとオルタナティブストーリー

ドミナントストーリーとオルタナティブストーリーの違いを理解するために、1つ例を挙げます。次のAさんとBさんの会話を見てください。

A:「チャレンジしても成功しなければ価値がない」
B:「挑戦する姿勢や粘り強さはチャレンジからしか得られない。チャレンジ自体に価値がある。」

Aさんの発言は、「チャレンジすること」に対するAさん固有のものの見方を表すドミナントストーリーです。それに対してBさんの発言は、同じ「チャレンジすること」に対する異なる見解、ものの見方を表しています。これがオルタナティブストーリーです。Bさんは、Aさんを支配している(dominant)考え方を、別の視点から捉えた代替案で置き換えることで、Aさんの認識を変化させて、「チャレンジすること」を価値として受け入れてもらおうと試みているわけです。 

顧客のドミナントストーリー次第で、ブランドが価値になる条件は変わってきます。ターゲット顧客は、どんなものの見方をするのか。どういうルールで日々生活していて、何がどうなることを理想的と感じるのか。生活上のでき事に対してどんな意味付けをして、物事の因果関係をどういう視点で捉えているか。問題が起こったときに何を原因とみなす傾向があり、どうしたらうまくいくと信じているのか。そういったターゲットのものの見方や考え方をナラティブから引き出して、「こういう考え方をしているなら、こういう言い方の方が伝わりやすいのではないか」「こういう背景でこの課題感を持ったのなら、この生活シーンの中で便益を描写するといいのではないか」という価値成立の仮説を作っていくわけです。

この「1人の顧客の分析から、いかに多くの顧客に向けた施策を導くか」という部分を定式化して、顧客のドミナントストーリーに沿うようにプロダクトやサービスの物語を組み立てる”設計図”が、価値成立条件です。

■分析ポイント3 読んでいて「違和感」を感じる部分に注目する

価値成立条件を見つけるためには、まず顧客にインタビューを行い、ブランドのどんな側面が顧客のどんな課題とマッチしたのか、顧客に受け入れられた価値は何だったのかといったエピソードを定性的に収集します。これをナラティブと呼びます。ナラティブとは顧客が語る一人称視点の物語のことで、「その人がそう感じる背景や事情」を理解したうえで一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することが望まれる医療や看護、教育、福祉といった対人サービス分野で発展したアプローチです。

価値成立条件はさまざまな切り口で捉えることができますが、まずナラティブで語られている明白な事実からスタートして、顧客が用いた表現や言い回し、ロジックの癖を手掛かりに推察を深めていくことが原則です。インタビューで語られるナラティブは、論理的・合理的になる傾向があります。しかしそれはインタビュアーから一種の〝圧力〞をかけられて対話が構造化された状態での論理ですから、それを鵜呑みにするのではなく、その合理性の裏にある矛盾や齟齬に着目することで、顧客の中にある価値成立条件に近づくことができるようになるわけです。ミステリー小説に出てくる探偵の推理やプロファイリングに似ているかもしれません。

ナラティブ分析の第一歩は、発言内容の矛盾や対立といった「ロジックの揺れ」や「感情の揺れ」にアンテナを張ることです。例えば次のようなナラティブが挙げられます。

<ナラティブでまず注視すべきポイント>
・発言間の矛盾や対立
・感情の強い吐露を感じる発言
・言葉に詰まった部分や曖昧な表現
・強調された表現や繰り返し表現
・比喩表現、メタファー
・攻撃的な表現や自己防衛を感じる表現
・インタビュアーに同意を求めた箇所
・他者に対して優位性(マウント)をとっているような表現

■分析ポイント4 違和感の背後にドミナントストーリーを読み取る

特定のドミナントストーリーに従って生活している顧客が、自分の物事の捉え方や価値基準に合致しない状況や刺激に出くわすと、一種の認知的不協和状態に陥ります。その不協和は、上記のような「読んでいて違和感のある表現や矛盾」となってナラティブ上に表出します。ということは、それらの表現や矛盾を足掛かりに、顧客のドミナントストーリーを逆算することもできるわけです。

【ナラティブの違和感 ⇒ ドミナントストーリー×特定の状況や刺激】

ドミナントストーリーを特定していく分析の前提として、「顧客は自分自身や自身の体験を完全に把握して言語化できているわけではない」ということを理解しておいてください。ナラティブに出現しているのは、ブランドが価値として成立した過程における認識変化の〝断片〞です。認識が変化する構造のすべてを表しているわけではありません。当然、自身のドミナントストーリーについても然りで、「これが私のドミナントストーリーです」という発言があるわけではありません。

したがって分析者は「その発言をもたらしたドミナントストーリーが背後にあるはずだ」という前提に立ち、それを捉えて明文化する必要があります。ドミナントストーリーには以下のような特徴があります。

<ドミナントストーリーの特徴例>
・物事の価値基準や優先順位
・支配的な視点やものの考え方
・生活上のでき事に対する意味付け
・生活の何がどうなることを理想的と感じるのか
・こうすればこうなるというif-thenルール
・これはこういうものだ、こうであってこうではないという断定
・問題が起きたときに何を悪者とみなす傾向があるか
・どうしたらうまくいくと信じているのか

■分析ポイント5 ドミナントストーリーを形成した背景要因を推察する

ドミナントストーリーがぼんやりと見えてきたら、その背景要因を推察していきます。ドミナントストーリーには通常、それを形成した背景要因が存在します。過去の経験や暮らしている環境、所属する準拠集団の文化や社会経済的な背景などが物事の捉え方や価値基準に一定の傾向を与えるからです(例:体育会系の部活に所属すると上下関係に敏感になる)。

ドミナントストーリーの裏にある背景要因を捉えるには、「否定事例による相対化」という方法が役立ちます。まず、あるドミナントストーリーに対して、「どんな考え方や環境で暮らしている人からはその発言が出てこないか」を考えます。次に、そこから「では逆に、どんな考え方や環境で暮らしている人ならその発言が自然に出てくるか」という順番で推論を進めます。

<否定による相対化の考え方>

「Xという考え方をしている人からはこのナラティブは出てこないだろう」 ⇒ 「逆に、Yという考え方をしている人ならこのナラティブが自然に出てきそうだ」

XとYを2つの相反する対極にある状態(物事の考え方、価値観、視点、社会的環境、生活上の制約など)だとして、まずナラティブが出てくるわけがない方の状態であるXを考えます。そこからXの反対にあたる状態Yを考えます。そのようにして、XとYという違いを生み出す原因となっている背景要因を見つけるわけです。

例えばナラティブの中に、「男はスキンケアなんてしない」というドミナントストーリーを表す発言があったとしましょう。どんな人からは、この発言は出てこないでしょうか。「自己表現のためにメンズメークをするのが当たり前の習慣になっている若年層」や、「人前に出る以上、外見で不快感を与えないのも仕事のうちと考えている営業マン」あたりからはこの発言は出てこなさそうです。そうしたとき、この発言が出る層と出ない層で何が違うのでしょうか。推察を進めれば、背景にはおそらく世代としての特徴やある種の同調圧力、属する環境や共同体の特徴などの差異が浮かび上がってくるでしょう。

■分析ポイント6 顧客が受け入れた変化や求めた変化から、価値成立条件を読み取る

前述の通り、ナラティブ上のロジックや感情の揺れは、「ドミナントストーリー」と「特定の状況や刺激」に分けて捉えることができます。 前述の通り、ナラティブ上のロジックや感情の揺れは、「ドミナントストーリー」と「特定の状況や刺激」に分けて捉えることができます。

【ナラティブの違和感 ⇒ ドミナントストーリー × 特定の状況や刺激】

後者の特定の状況というのは、ナラティブに登場する場所や時間、具体的な生活シーン、そこにいる家族や友人、同僚といった他者の存在、顧客が属する会社や学校などの組織や環境などのことです。特定の刺激というのは、その状況で顧客が受けた、外部からの刺激のことです。ブランドから発信された広告はもちろん、他者とのコミュニケーションの中で触れた他者の視点、自分が所属する組織や集団におけるルールや慣習、SNSで見た友人の投稿まで幅広い刺激がありえます。またブランドの機能や成分、デザインといった特性、ブランドを使ったときの効用や使用感なども刺激になります。

これらの刺激は、顧客が元々持っているドミナントストーリーと100%合致しているとは限りません。その場合、状況や刺激に応じて元々の考え方や価値基準が変化することがあります。つまり外部の状況や刺激に順応するために、ドミナントストーリーの一部が変化することがあるということです。それはブランドが価値になっていく過程で顧客本人が「受け入れた変化、求めた変化」であり、そこに価値成立条件が隠されています。

【ドミナントストーリー × 状況や刺激に適応するための変化 ⇒ 価値成立条件】

次に挙げるような、「状況や刺激に適応するために、顧客が認識や行動を変えた」ことが記述されたナラティブに着目して、その時に顧客がブランドや代替品に求めた条件を探してみましょう。それが価値成立条件になります。

<価値成立の過程で顧客が受け入れた変化例>
・今までとは異なる基準や優先順位で商品やサービスを見るようになった
・今までとは異なる購買行動をとっている
・今までとは異なる情報や検索をしている
・今まで買っていたブランドではなく他のブランドを使うようになった
・今までとは異なる使い方や工夫をするようになった
・違うカテゴリの商品やサービスや、代替品を使うようになった
・プロダクトやサービスに頼らず、自分なりの方法で課題を解決するようになった

NEXT:顧客体験から施策の「ストーリー」を開発する>

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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