2022/3/10
著者:芹澤 連
1. なぜ顧客価値が重要なのか?
メーカーのマーケティング部や広告宣伝部に所属していると、「すでに開発が進んでいる商品をどう売るのか、どうしたら売れるのか」を考えなければいけないという場面が多々あります。また新規事業の担当者やベンチャー起業家であれば、「アイデアやコンセプトはあるけど、それが消費者に受け入れてもらえるのか分からない」という部分で悩まれたり、投資家へのプレゼンで困ることもあるでしょう。
商品はあるが売り方が分からない―そんな時、どう戦略を組み立てていけばよいのでしょうか。もしくはアイデアはあっても商品はまだ完成していない時、どうやってターゲットや競合との差別化を考えていけばよいのでしょうか。ポイントは「顧客価値」を捉えることです。誰にとって、どんな時に、どんな価値になるから受け入れられるのかという「商品が価値になる条件」を理解すれば、売り方は見えてきます。
そもそも、顧客にとっての価値とは何でしょうか。「好き」や「欲しい」、「いいな」という感情はどこから、どういう時に生まれるのでしょうか。
まず、商品に好意を持ってくれる消費者層、つまり”いいね”と言ってくれた人には、「その商品が価値になる条件が、そもそも揃っているのではないか」という視点を持ってみましょう。商品に何か絶対的な良さがあるから好意を持たれるのではなく、消費者側にその商品が価値になるための目に見えない条件が揃っていて、その条件に噛み合う商品が価値として認識されているのではないか、という考え方をしてみるわけです。
2. 特定の条件が揃った時に、商品の「顧客価値」が生まれる
当たり前に聞こえるかもしれませんが、モノやサービスというのは、ある条件が揃った時には価値になり、条件が揃わなければ価値にはなりません。例えば車を例に考えてみましょう。東京に出てきたばかりの学生さんにとって、車の維持費や駐車場代は高いですよね。東京は電車も沢山走っているし、必要な時にレンタカーすればいいから、車は持たないという判断をする学生さんは多いかもしれません。この場合、車は価値になっていないわけです。
●学生でお金がない
●都内は電車がたくさん走っている
●必要な時にレンタカーすればいい
→車は価値にならない
しかし、結婚して子供が生まれて、特に今のようなご時世だと、車があれば、公共交通機関の密を回避して家族で出かけられる、という価値になるかもしれません。このように消費者の側の条件次第で、車が価値になったり、ならなかったりしているわけです。
●就職してある程度収入がある
●家族ができて、色々な所に出かけたい
●公共交通機関の密はなるべく避けたい
→車が価値になる
またある条件の時は、本来の価値とは別の価値になることもあります。例えば風邪薬は、風邪を引いて、熱っぽいとか喉が痛いといった症状を和らげる薬としての価値がまず挙げられます。風邪を引いているときは、諸症状を抑える成分が価値になるわけです。
●熱っぽい
●頭が痛い
●喉の炎症
→風邪の諸症状を抑える成分が価値になる
ではそうした条件が揃っていない時、つまり風邪を引いていない時には風邪薬は価値にならないかというと、そんなことはありません。今は風邪は引いていないが家族が体調を崩しやすい。乾燥する季節になってきた。こうした条件が揃うと、常備しておけばいざという時にすぐ使えるという安心感が価値になります。
●今は風邪は引いていない
●家族が体調を崩しやすい
●乾燥する季節になってきた
→常備しておけば、いざという時にすぐ使える安心感が価値になる
もちろんその安心感の背後には風邪薬の成分があるわけですが、訴求の仕方が違ってきます。風邪薬としては「有効成分○○配合」みたいなメッセージになりますし、常備薬としてなら「いつもの場所にいつもの××」といったメッセージになるでしょう。このように商品やサービスは、「特定の条件下で、特定の価値になる」という見方をすることができます。
3. 顧客価値が分かれば、打ち手が見えてくる
消費者のゴール、現在使っている商品、これまでの使用経験、パーセプション、置かれた状況や生活環境、そこでの行動や課題などの内、特定の条件が揃った時に、それらの条件を満たす商材やサービスが価値になるわけです。まだアイデアやコンセプトレベルの状態でも、同じことが言えます。
では、どういう条件が揃った時にコンセプトがどんな価値になるのか、その条件が備わっている顧客層はどういう人たちなのか、現在どんな競合商品を使っていて、どうしたら自分のコンセプトの方が良いと思ってもらえるのか、こういったことが分かれば攻め筋が見えてくるわけです。
1つ注意点があります。それは、商品の機能やサービスの特徴といった「モノの属性」から価値になる条件を着想しようとしても手詰まりになりやすいということです。例えば「こだわりの生豆を使って、バリスタの淹れ方を再現したコーヒー」というコンセプトのコーヒー飲料があるとしましょう。コンセプトを見ると、
●豆からこだわる
●本格派コーヒーが好き
●本物の香りを楽しみたい
といった条件が思い浮かびます。しかし、これらは他のコーヒーにも当てはまりますよね。商品の特徴や機能からターゲットや売り方を考えていくと、このような「当たり障りないけれど、独自性も無い条件」しか見えてきません。よほど尖った商品なら別ですが、実務では差別化が難しいコモディティを何とか差別化しないといけないという場面が多いと思います。
4. 顧客価値は「原点」からの「進歩」として捉える
そこを切り開いていくためには、顧客価値を「特定の原点からの進歩」として捉えることが効果的です。ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授は著書「ジョブ理論」の中で、ジョブとは「ある特定の状況で人が遂げようとする進歩」であると定義しています。そして人は、その進歩を達成できるような商品を採用(購買)すると説いています。
ここでジョブの定義に着目してみましょう。先の定義を分解すると、ジョブは、
1) ある特定の状況で
2) 人が遂げようとする進歩
という2つの条件で構成されていることが分かります。「ある特定の状況に置かれた顧客」という原点に対して、「そこからの進歩を実現する商品」が組み合わさることで顧客にとっての価値が成立する、だから採用される(購買される)という構造です。
つまり商品の顧客価値は、
1)どのような状況にある人に対して
2)どのような進歩を実現するのか
という条件の組み合わせにより定義されるわけです。この時、1)をベースライン条件、2)をプログレス条件と呼び区別します。先ほどの風邪薬の例に当てはめてこの2つの条件を考えてみましょう。
図の左側がベースライン条件です。風邪薬が何かしらの進歩になるには、そもそも顧客が左側の状態であることが必要なわけです。ではどんな進歩になるのかというのが、右側のプログレス条件です。左側のベースラインに対して、右側が良い変化になるという対応関係になっていますね。
このように、ベースライン条件は「どのような状態・環境にある人が顧客になるのか」という原点を規定し、プログレス条件は「その顧客にどのような進歩を提供すればよいのか」を規定しています。
1)ベースライン条件:どのような状態・環境にある人が顧客なのか
2)プログレス条件:その顧客にどのような進歩を提供すればよいのか
従って、コンセプトのベースライン条件とプログレス条件が分かれば、「こんな人にこういう提案をすれば価値として認識してもらえる」という戦略の大筋が見えてくるわけです。製品開発にしろ広告開発にしろ、顧客価値を生み出すには、この2つの条件を顧客視点で定義することが重要な作業になります。
5. 顧客価値を捉えれば、クリエイティブブリーフも顧客視点で書ける
広告施策を考える時には、よく次のようなシートを作ります。いわゆるクリエイティブブリーフと言われるものです。
クリエイティブブリーフには、「どうしたら買ってもらえるか」を考える時に必要な要素が詰まっています。実際にはトーン&マナーなどの項目もあるのですが、商品の売り方が決まっていない、もしくはアイデアだけはあるけど商品はない、という時に固めておかなければいけないのは、
●この商品は誰に、どういうシーンで、どんな価値になるのか
●それはなぜか
●潜在市場の規模はどれ位か
●競合はどこか
●どんなベネフィットを伝えれば競合より選んでもらえるのか
という要素です。
さて、こうした要素を考える際によくある落とし穴が、ブリーフシートの穴埋めがメイン作業になってしまうことです。シートの各項目を埋めていくことに囚われると、商品のターゲットは誰だろう、商品のどんなベネフィットが刺さるだろうというように商品起点になりがちです。そうすると、各項目が”商品にとって都合の良い内容”で埋められてしまい、項目間のつながりが失われます。
クリエイティブブリーフの本質は穴埋めではなく、”ストーリー作り”です。色も形もないコンセプトを、顧客が価値を感じる物語に翻訳することです。しかし、項目間につながりの無いブリーフを見ても、顧客に価値を感じてもらうためのストーリーは伝わってきません。ご存じの通り、クリエイティブブリーフは広告の骨格を規定する定義書ですので、CMのプロットや物語につながらなければ意味がありません。
有用なクリエイティブブリーフを作るには、「どのような条件下で、どのような進歩を実現するのか」という顧客価値から逆算して各要素を埋めていくことが大切です。次の図のように顧客価値を起点とすることで、価値を感じてもらうための物語として一貫性のあるブリーフを作成できます。
この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)
消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。