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顧客体験実践ガイド CXの基本から実践方法までまとめて解説

2021/11/29

著者:芹澤 連

顧客体験(CX)とは何でしょうか。どう取り組めば成果につなげていけるのでしょうか。「顧客体験マーケティング」の著者が、顧客体験の意味やブランド体験(BX)との違いから、ジョブ理論、カスタマージャーニー、パーセプションフロー・モデルなどの実践スキルまで、マーケターが知っておくべき基礎知識をまとめてガイドします。また、顧客の「行動の意味」に着目することで、新しい顧客層を開拓するアプローチも説明していきます。

 <この記事で分かること>

 ●顧客体験、経験価値、カスタマージャーニーなど似たような概念が多い中、マーケターは最低限、何が分かっていればよいのか?
 ●顧客体験とブランド体験は、どう違うのか?
 ●ペルソナやカスタマージャーニーマップを作っても、実務でイマイチ使えないのは何故か?
 ●新しい顧客の開拓や市場の創出には、どんな手法や考え方で取り組めばよいのか?
 ●パーセプションフロー・モデルを作る時の注意点は?経験者の話が聞きたい。

顧客体験(CX)とは何か?背景と定義

顧客体験という考え方の歴史は古く、1950年代の経済学の本で「人々が真に欲しているのは製品ではなく、満足できる体験だ」という言及がなされています(Abbott 1955)。研究者により顧客体験の定義は様々ですが、近年の顧客体験およびブランド体験に関する先行研究をメタ分析した代表的な論文に、Lemon and Verhoef(2016)があります。

彼らによると、顧客体験とは「カスタマージャーニー全体における、企業のマーケティング活動に対する顧客の認知的、感情的、行動的、感覚的、社会的な反応」というのが、一般的な定義になりそうです。

顧客体験とブランド体験の違い

顧客体験によく似た言葉として、ブランド体験(BX)が挙げられます。ここで両者の違いを整理しておきます。まずBXはCXより抱合的です。BXは、顧客体験の他にも、ユーザー体験やショッパー体験などが集まった概念です。

また、CXが主にプロモーションやキャンペーン、製品といったマーケティング文脈に限定的であるのに対して、BXはパーパスやビジョン、サステナビリティなどの理念、ガバナンス、社会活動、コーポレートアイデンティティなどの経営戦略の視点に近い概念です。以下に、その他のBXとCXの違いをリストアップしました。

<BXとCXの違い> 

 ●BXは経営戦略であり、CXは戦略の結果としてブランドが顧客にどう受け止められたのかというチェック。
 ●BXは長期的、CXは短期的なスパンで考えることが多い。
 ●BXは顧客だけでなく従業員や外部のパートナー企業、株主、その他顧客ではない層まで幅広い関係者の体験を指す。CXは顧客に限定的。
 ●BXはブランドパーパスやプロミスを決めること、CXは製品や広告などの施策(顧客接点)を通してそれを実現すること。
 ●BXはアクティベーション、CXは顧客になってからのサポートやナーチャリング。
 ●BXはエンゲージメントにより測定され、CXは満足度と推奨意向で測定される。

実務上の使い分けとしては、コーポレートブランド視点で中長期の戦略を考える時や、より多くの利害関係者に対するブランドを考える時はBX視点、プロダクトブランド視点でプロモーションやキャンペーン施策を考えるときはCX視点、という分け方と覚えておけばよいでしょう。

なぜ顧客体験が重要なのか?

なぜ顧客体験が大切かというと、顧客体験は、ブランドが顧客の価値になっていくプロセスそのものだからです。製品の利用や広告との接触など、様々な顧客接点における体験の蓄積を通して、ブランドは顧客の価値になっていきます。これを「経験価値」と言います。

そもそもマーケティングの本質は、新しい価値を生み出していくことです。新しい価値を提案して、新しい需要、新しい顧客、新しい市場を創出していくことが、マーケティングの役割です。その第一歩となるのが、顧客体験の理解です。

ブランドが誰にとってどんな価値になりうるのか。自社ブランドに、マーケターの知らないどんな価値側面があるのか。どうしたらブランドが価値になる変化を再現することができるのか。こういった新しい市場創出のための情報は、全て顧客体験から学ぶことができます。

つまり顧客体験は、マーケターにとって新しい価値を生み出す源泉となるわけです。そのために、具体的にどんな視点で顧客体験を理解していけばよいのでしょうか。詳しく見ていきたいと思います。

経験価値とは何か?基本知識とよくある誤解

さて、体験の価値というテーマでは、シュミット(1999)の『経験価値マーケティング』がよく引用されます。シュミットは経験価値として、

 ●SENSE(感覚的な経験)
 ●FEEL(情緒的な経験)
 ●THINK(認知的な経験)
 ●ACT(行動や生活様式などの行動的経験)
 ●RELATE(準拠集団や文化と関わることで生まれる社会的なアイデンティティ)

の5つを挙げています。しかし、これらは「経験価値の分類」ではなく「経験の分類」です。ここはよく誤解されているポイントなのですが、SENSE、FEEL、THINK、ACT、RELATEというのは価値を表しているわけではないのです。シュミット(1999)の主張をまとめると、

 ●経験とは、外部刺激により発生する主観的な反応
 ●マーケティングでコントロールできるコミュニケーションやデザイン、パッケージ等の刺激を「経験価値プロバイダー(Experience Providers)」と呼ぶ
 ●その刺激の結果として得られる経験は、SENSE、FEEL、THINK、ACT、RELATEの5つに分類される。

ということです。しかし、このフレームワークは、得られた経験が良いことなのか悪いことなのか、どんな刺激を与えればどんな価値になるのかを教えてくれるわけではありません。

例えば、「新商品のコーヒーを飲んだ(刺激)」、「ミルク感が強かった(感覚的経験)」、しかし「ミルク感が強いことは、顧客にとって価値なのか」は別問題ということです。

結局、実務では戦略や施策に落とし込む必要があるので、”体験の分類だけ”できても不十分です。そこで発想の逆転をして、「そもそも顧客にとっての価値とは何か」から新しい提案を考えていく、というアプローチを紹介します。

行動変容と意味づけ(Meaning-Making)

価値を考える上で大事なのは、生活の中で、顧客はブランドに対してどういう意味づけ(Meaning-Making)をしているのか、という視点を持つことです。

例えば、機能ベネフィット(機能性便益)という言葉があります。一見モノの機能を顧客視点で捉えているように思えますが、ベネフィットは「こういうシーンでこういう価値があるだろう」と、マーケターが意味づけをしたものです。「どういう文脈で、ブランドのどの特徴が、どんな価値になるか」は顧客の意味づけ次第なので、ベネフィットと言えば直ちに価値になるわけではありません。

では、どうするか。認知行動療法の1つに、ABC理論というものがあります。出来事(Activating Event)が直接的に感情や行動(Consequence)を生み出すのではなく、人の受け止め方(Belief)を通して出来事が解釈された結果、感情や行動が生まれるという理論です。同様の考え方を、社会学では社会構成主義と呼びます。古くは哲学者のニーチェが、「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。」という言葉を残しています。

これらの考え方に共通するのは、「人の行動や認識を変えるには、内面の考え方や出来事に対する意味づけを変える必要がある」ということです。ブランドが使われる環境や状況に関する事実の理解は前提として重要ですが、その状況における顧客の行動や態度の意味を知らなければ、購買行動やブランドに対する認識を変える価値提案は作れません。実際、消費者行動の研究においても、80~90年代に解釈学的アプローチという流れが起こり、それ以降、消費行動の「意味の研究」は盛んに行われています。

誰が潜在顧客なのかという、『主語』を明らかにする

ここからは、顧客体験の中でも「行動の意味」に着目することで、新しい市場を生み出していくアプローチを説明します。まず、誰が顧客になり得るのかという、主語を明らかにしましょう。顧客理解のよくある落とし穴ですが、誰がターゲットなのか決まらないまま、どうしたら売れるかを考えても無駄です。

多くのマーケターは、自社製品を買っている既存顧客の顧客像は理解されていると思います。しかし、新しい価値を生み出す際に重要なのは、「マーケティング次第では獲得できるのに、現状は獲得できていない潜在顧客層」は誰か、という視点です。その潜在層をターゲットとして、新しい価値を提案していかなければ、新しい市場は創出できないからです。潜在市場を発見するには、例えば次のような方法があります。

 <潜在市場を見抜く方法>

 ●トップシェアブランドの構成比と、自社の構成比を比べる
 ●自社の新規流入と離反の比率が、競合の流入/流出比に比べて偏っていないか調べる
 ●古いSTPや差別化で、自社が狙える市場を不当に狭めていないか検討する

『ペルソナ』と『カスタマージャーニー』で現状体験を見える化する

獲得すべき顧客層が見つかったら、その層の現状体験を調査して見える化します。ペルソナカスタマージャーニーマップがよく使われます。ペルソナは顧客像を見える化して共有する目的で広く使われるています。カスタマージャーニーマップであれば、購買前、購買、購買後のフェーズでの顧客の課題を見つけていく、という使い方が多いと思います。

これらの顧客理解手法にはいくつか注意点があります。まず、ペルソナやカスタマージャーニーマップを作る時は、実在の顧客の行動を基に作成しましょう。できれば同じセグメントに属しており、購買目的に共通点のある3~5名程度の体験を調査して、1つのペルソナやマップにまとめるようにします。分析においては、何が顧客にとってのペイン(痛み)なのか、どんなフリクション(体験の質を低減させる原因)があり、何が顧客にとっての価値になるのかといった、What部分に絞り込んだ分析を行いましょう。

また、作成したペルソナやカスタマージャーニーから、すぐに施策を作るのは避けましょう。ペルソナやカスタマージャーニーは、顧客についてのファクトを理解するためのものです。ペルソナは事実としての顧客像、カスタマージャーニーは購買前、購買時、購買後に何が起こっているかという「事実を理解するツール」です。しかし、先にも述べた通り、行動変容や認識変化を起こす施策を作るには、事実の理解だけではなく「意味の理解」が必要になります。

ブランドが使われるシーンの『スクリプト』を作る

行動変容や認識変化を起こす施策作りには、次の3つの手順が重要です。

 ●ブランドが使われるシーンの顧客の行動に着目する
 ●行動に対する顧客の意味づけを理解する
 ●施策により現在の意味づけを変える

まず、ブランドが使われるシーンにおける顧客の行動を「スクリプト化」する、という作業を行います。人は、「こういう時はこうする」という経験則を持っています。例えば、お風呂に入ってあがるまでの行動は大体決まっていますよね。

私の場合だと、シャワーを浴びる→体を洗う→湯舟に浸かる→髪を洗い髭を剃る→コンタクトレンズを外す→湯舟にもう一度浸かる→軽くシャワーを浴びてあがる、という順番です。他にも、洗濯はこうする、夕食の準備はこうする、飛行機のチケットはこう取るなど、特定の生活シーンには特定の手続きがあり、顧客は無意識にその行動をとっているわけです。

こういった経験則のことを、心理学では「スキーマ」と言います。マーケターはブランド視点のスキーマで顧客理解を進めてしまいがちですが、顧客のスキーマの中心にあるのはブランドではなく、自分の生活や仕事です。つまり、顧客視点を持ち顧客になりきるというのは、顧客のスキーマを通して彼らの生活を理解することに他なりません。

そのためには、まず顧客のスキーマを理解する必要があります。特にルーティンや作業手順など、一定の順番になっているスキーマのことを「スクリプト」と言います。先ほどの入浴の手順はスクリプトですね。スクリプトはカスタマージャーニーから書き起こすことができます。

『ジョブ理論』で行動や態度の意味を深堀りする

次に、スクリプトに示された行動の意味を分析していきます。新しい価値提案を生み出すために重要な作業です。ブランドが使われる生活シーンにおける顧客の行動の意味を知らなければ、どんなメッセージや提案が価値になるかは分かりません。なぜその行動順になっているのか、1つ1つの手順に顧客とってどんな意味や価値があるのかを分析していきます。

行動の意味としては、例えば以下のような例が挙げられます。この辺りは消費者行動図鑑行動類型で詳しく解説されています。

 <例:消費者行動の意味類型>

 ●機能や成分、デザインなどに起因する障害や不都合、不便
 ●自分が望む体験に近づくために意識することやチェックするポイント
 ●リスクや損失回避のための行動
 ●習熟や慣れ、上達のための行動
 ●情報収集、自助努力としての行動
 ●楽しみ、息抜き、コンディショニング行動
 ●恥、気がかり、面倒くさい、先延ばしなどの不合理性を含む行動
 ●他者や準拠集団のための我慢や諦め
 ●不安や疑い、気持ち悪さなどのマイナス感情を伴う行動

購買の意味から価値提案を考えていく時に、弊社ではジョブモデルという相関図を作ることを推奨しています。ジョブモデルは、ブランドが使われる生活シーンのスキーマと、行動の意味を同一土俵上で理解して、それらがどう購買に影響するのかを把握するのに役立ちます。次のモデルは、インスタント食品(乾麺)が使われるシーンの環境と、顧客行動の意味を整理したものです。

このモデルは、クリステンセン教授の「ジョブ理論」が基になっています。ジョブ理論は顧客は生活の中で様々なジョブ(片づけるべき仕事)を抱えており、ジョブを片付けるために商品を購買するという考え方です。購買された製品を起点として、それはどんなジョブを解決するために買われたのか、そこにはどんな顧客の課題があるのかというように、「何が価値になるのか」「それはなぜか?」という順序で、行動や態度の意味を逆引きしていくわけです。

 <ジョブモデルの作り方>

 1.ブランドが使われる生活シーンにおけるジョブを特定する
 2.ジョブはどんなタスク(行動)で構成されているのかを明らかにする
 3.顧客に影響を及ぼす他者や集団を明らかにする
 4.ジョブに関わる行動や状況に対して、どんな意味づけが行われるのかを調査する
 5.「体験の環境→刺激→顧客による意味づけ→認識変化→行動」を整理する
 6.それらの意味づけに沿うように価値提案を考える

『パーセプションフロー・モデル(PFM)』で体験を設計する

価値提案のアイデアを施策に落とし込む時には、「パーセプションフロー・モデル(PFM)」が役に立ちます。パーセプションフロー・モデルは、元資生堂のCMOでP&G、ダノン、日産など各社のマーケティング部門を歴任した音部大輔さんが提唱する、IMC設計のためのフレームワークです。パーセプションフロー・モデルは、認知から購買、推奨に至るまでにいくつかの段階を想定し、各段階に応じて適切な認識変化を考え、ブランドのゴールまで顧客を計画的に導くコミュニケーションを設計するフレームワークです。

パーセプションフロー・モデルの特徴は、購買ファネルの段階ごとに、起こすべき認識変化は何か(パーセプション)、その認識変化を起こすためにはどんな視点からの提案が効果的か(知覚刺激)を詳細に定義する設計図であることです。

 ●パーセプション:顧客に持ってもらうべき認識
 ●知覚刺激:狙った認識変化を起こすための提案視点

私が所属するコレクシアは、音部さんのプロジェクトパートナーとして、パーセプションフロー・モデル作成をお手伝いしているのですが、実務的には、いかに「パーセプション」と「知覚刺激」の列を精度良く埋めるか、が最大の難所になります。

想像で埋めるのではなく、実在する顧客を調査してデータドリブンで作ることが大切です。想像で作ったモデルは、「大体こういう感じだろう、こうあって欲しい」というマーケターの希望的観測が入ってしまうからです。

そうならないように、ブランドが目指すパーセプションに近い認識をすでに持っている実在の顧客をベンチマークして、実際にどんな体験を経て現在の認識に至ったのかというプロセスをリサーチします。この時、先に紹介したジョブモデルが役に立ちます。

ジョブモデルは、行動変容や認識変化に至るまでの一連のプロセスを「体験の環境→刺激→顧客による意味づけ→認識変化→行動」という形でアウトプットします。実際に起こった「環境、刺激、変化」がセットになっているため、パーセプションや知覚刺激の列を埋めやすくなるわけです。

まとめ

顧客の行動を変えるには、顧客の認識や態度を変える必要があります。そのためには、顧客の生活環境と行動の意味を理解することが必要です。ジョブ理論やパーセプションフロー・モデルといったフレームワークを活用することで、顧客にとっての意味のある価値提案を生み出し、施策に落とし込むことができます。

参考文献

Abbott, L. (1955). Quality and competition. Columbia University Press.

Lemon, K. N., & Verhoef, P. C. (2016). Understanding customer experience throughout the customer journey. Journal of marketing, 80(6), 69-96.

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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