マーケティングリサーチについての情報発信を早くから行っており、今もfacebookでの情報発信を活発に続けられている、「マーケティングリサーチの寺子屋」の鈴木敦詞氏より、「マーケティングリサーチの基礎」というテーマで全4回で連載を行ないます。第三回は分析の考え方をご紹介します。
報告によって、評価のすべてが決まる
報告によってリサーチ業務は完結し、その業務の評価が決まると言っても過言ではありません。企画がどんなに評価されても、どんなに良いデータを集めても、どんなに良い分析を行っても、最後に行う報告で納得していただけなければ、そのリサーチ業務は評価されません。そして、良い報告こそが、つぎの業務へと繋がる最高の営業ツールだとも言えます。ところが、報告書や報告会についてのクライアントの評価を聞いてみると、「報告書がデータの羅列で終わっている」「もう一度、自分でまとめ直さないと社内で使えない」「報告会で議論をしようと思ってもできない」などと指摘されることが少なくないようです。とても残念なことです。
クライアントの関心がある内容、つまり報告すべき内容は、企画を考え、設計を行った時点で大半は決まっているはずです。分析を行う過程でも報告の構成や内容はほぼイメージできているはずです。なぜなら、これらの段階で、リサーチ結果をもとにクライアントがどのような活動を行うのかについてはイメージ、共有できていることが前提になっていますし、そのためのアウトプットを目指してデータが集められ、分析が行われているからです。つまり、「報告書が使えない」「報告会で議論できない」のは、企画、設計、分析がしっかりとできていない、あるいは内容を理解していないというのが、大きな要因と思われます。このシリーズでも再三指摘してきたように、リサーチの背景や目的、課題をしっかり理解し、目的に沿ったデータ収集や分析を行っているか、ということが大切です。(マーケティグリサーチの基礎:企画編・設計編・分析編)
では、企画~設計~分析がしっかり行われていれば報告は必ず成功するかというと、そうとも限らないのが難しいところです。報告にも、それなりのポイントがあります。報告を構成する要素として、報告書と報告会でのプレゼンがありますが、今回は報告のベースとなり、納品物としても重要な報告書について考えていくことにします。
リサーチデザインと報告書の整合性
設計について考えたときに、リサーチデザインには大きく3つのパターンがあり、それは、「探索的リサーチ」「記述的リサーチ」「因果的リサーチ」であると言いました。報告書も、それぞれのリサーチデザインの目的に対応した内容になるはずです。
探索的リサーチは、市場や消費者の理解を深めたり、新たな仮説やアイデアのヒントを得ることを目的として行われました。となると、調査で得られた事実を明示することはもちろん大切ですが、そこから課題や問題点、新たな発見、仮説を提示しないと当初の目的を達成することはできません。しかも、これらの課題や発見、仮説が調査で得られた事実から論理的に導かれていることが重要です。調査結果で書かれている事実との整合性がみられない、根拠やロジックがあいまいな課題や発見、仮説では、納得してもらえません。
つぎに記述的リサーチです。これは、調査課題についての結果を記述していくことが基本となります。しかし、ただ単に設問項目の結果を羅列していけばよいというわけではなく、やはり市場の理解につながるような報告書となっていることが求められるでしょう。マーケティングフレームに沿った整理がなされている、市場や顧客の構造がわかる、市場への浸透過程に沿ってどこに課題があるのかが一目でわかることなどが必要となります。記述的とは言っても、やはり次のマーケティング活動につながる内容になっていることは大切なはずです。
最後に因果的リサーチです。こちらでは、まず仮説の検証結果が明らかになっていることが重要です。AとBのどちらを採用すべきか、仮説は受け入れられたのか、売上をつくる要因は何か、などを明示しなければなりません。基本的に、支持率の多さや多変量解析の結果を示すことが検証結果になりますので、わりと素直な報告書になるように思われます。しかし、やはり単に結果を示すだけではなく、結果を解釈していく論拠や過程、解釈をする際の注意点、結果の解釈からの提言までつなげることが必要ではないでしょうか。
一言で報告書とはいっても、その内容は一様ではなく、リサーチデザインに沿ったアウトプットが求められるのは当然のことです。そして、リサーチの結果として得られたデータを単に羅列するだけには留まらない内容が必要になることも考えておきたい点です。各々の調査項目それぞれの解釈、つまり点としての解釈のみならず、点相互の関連性に基づいて綜合化していくことが求められます。
しかし、ここで注意をしておきたいポイントがあります。それは、リサーチ結果としての事実と、そこからの解釈は明確に区別して記述する必要があるということです。事実と解釈をごっちゃにしたコメントを見ることも少なくありませんが、事実と解釈の区別はとても重要なポイントです。
ストーリーの重要性
これまで、報告書にはリサーチ結果としてのデータ、事実の羅列だけではなく、綜合化により、つぎのマーケティング活動につながる内容が求められているということを指摘してきました。そこで考えておきたいのが報告書のストーリーです。視点、流れ、論理性とも言い換えられると思います。ストーリーが見える報告書は理解しやすい内容になっていると思います。一方で、ストーリーが見えない報告書の場合、「まとめ直さないと使えない」ということになっているのではないでしょうか。
報告書の構成は、調査項目ごとにグラフや発言内容をまとめたページ建てになることが一般的でしょう。このような構成の場合、それぞれのページ、つまり調査項目ごとに機械的にコメントをつけていると、視点がぶれる、調査項目間でのコメントの整合性がない、全体像がわかりにくい、調査課題に対する答えが見えてこない、など様々な問題を抱えることになります。各々のページで気づいたことを単に羅列するだけなので、このような結果に陥るのは当たり前です。そして残念なことに、このような報告書が少なくないのが現状のようです。とくに最近では、設問ごとにグラフや最低限のコメントを一括で作成してくれるようなツールもあり、機械的なコメント作成が冗長されているようにも感じます。(断っておきますが、ツールが悪いわけではありません。このツールで作業の効率化が図られているという面はあるでしょう)
では、どうしたらいいのか。報告書を作り始める前に、報告書全体を通して伝えたい内容を再度確認し、説明のロジックを組み立て、それに沿ってコメントを検討していくという基本的なことが大切になります。そうすると、自然に報告書全体の骨子ができあがり、ストーリー感のある報告書になると思います。そして、ストーリーを作るときに役立つのが、マーケティングや心理学などのフレームです。リサーチャーは、マーケティングや心理学などの周辺領域の理解が欠かせないというのは、このような点からも理解いただけるでしょう。
とはいえ、いくらストーリーを意識してコメントを付けていっても、個々の調査項目へのコメントを読み通すことで全体像を理解するのは、読み手にとっては、やはり難しいことです。そこで、サマリーが重要になってきます。調査課題への回答が明確に記述され、全体が構造化され、整理されているページがあると、読み手の理解を助け、社内的に調査結果を説明するときにも役立ちます。とくに、トップマネジメント層の方たちは時間の制約もあり、ポイントを絞った報告を求めますので、このような目的のためにも、報告書のサマリーは欠かせません。
しかし、ここで誤解しないでいただきたい重要なポイントがあります。ストーリーづくりといっても、その意味するところは、自分が最初から描いていた主張を正当化するために都合のよいデータだけをピックアップし、都合の悪いデータを無視することで、主張を押し通すということではない、ということです。リサーチによって得られた事実を素直に読み込み、組み上げた結論を説明するためのストーリーづくりです。ここには、似て非なる大きな違いがありますので、この点の理解は十分にしておく必要があります。
資料としての報告書という視点も忘れずに
これまで、調査報告書には事実だけでなく、明確な結論やそれに至る論理性、報告書全体のストーリーが重要ということを言ってきました。しかし一方で、報告書には資料的な価値も求められます。調査項目を網羅した報告書を作成する必要があるのも、資料的な価値という視点に立つと理解できます。結論に至るロジックの検証、別な視点での解釈の可能性などを検討するためにも網羅的なデータは必要だからです。
そして報告書というと、調査項目ごとのデータやサマリーにばかり目がいきますが、他にも欠かせない、重要なページがあります。それは、調査概要と調査に使った資料(調査票やインタビューフロー、提示資料など)です。これらは、結果の解釈をするための基本的な、そして重要な情報になります。調査概要がきちんと整理されていない、あるいは調査資料が明らかでない報告書は、調査資料の価値がないといっても過言ではありません。
また、調査は積み重ねが重要です。たとえば、以前行ったのとまったく同じフレームで調査を実施することができれば、時間によるマーケットの変化を捉えることができます。あるいは、商品開発のための調査などでは、同じフレームで何度も調査を繰り返すことにより、調査結果と市場導入後の結果が蓄積されることで、調査結果でどれくらいの支持を得ると成功する確率が高まるか、というようなノーム値(基準値)をつくることもできます。このように、1回限りではない、繰り返しによる情報の積み重ねを目指すためにも、調査概要や調査資料の保存は重要になります。
これまで述べてきたことのまとめとして、報告書の基本的な構成とポイントを整理しておきます。
事実を丹念に整理し、ロジックによってストーリーを組み立て、そのストーリーに沿って全体が貫かれている、そして課題に対する解が明快で、全体像を理解しやすい、これが報告書の理想のように思います。そして、このような報告書であれば、作成の過程において調査結果の理解も深まり、報告会でも有益な議論ができるようになっているのではないでしょうか。調査報告書とは、決して集めたデータの羅列ではない、ということを肝に銘じておきたいものです。
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鈴木 敦詞 (すずき あつし)
<略歴>
りんく考房代表。マーケティングエージェンシーや調査会社を経て、2006年に独立し現在に至る。マーケティングリサーチの研修、企画・分析を手がける傍ら、「マーケティングリサーチの寺子屋」で情報を発信する。日本マーケティングリサーチ協会個人賛助会員。2009年多摩大学大学院修士課程(経営情報学)修了。
鈴木敦詞氏の記事一覧
マーケティングリサーチの寺子屋 インタビュー 第1回 前編
マーケティングリサーチの寺子屋 インタビュー 第1回 後編
マーケティングリサーチの寺子屋 インタビュー 第2回 前編
マーケティングリサーチの寺子屋 インタビュー 第2回 後編
マーケティングリサーチの基礎 第1回 企画を考える
マーケティングリサーチの基礎 第2回 リサーチデザインを考える
マーケティングリサーチの基礎 第3回 分析を考える
マーケティングリサーチの基礎 第4回 報告書を考える