広告媒体の最適配分を算出する
予測の誤差を最小化しつつ、購買行動の向上率が最大化される媒体配分を導く
Q 消費者の購買行動を促す上で「最適なメディアミックス」を計算するには、どの様な分析をすればよいでしょうか?
オーラルケア製品を扱う事業部で、ある機能性ガムのプロモーションを担当しています。上市直後は想定通りに売上が伸びたのですが、最近落ち込みが大きくなってきました。購買データを見ると、リピーターがつきにくく継続的に購買されていない事が大きな原因と思われ、テコ入れの為にメディアミックスの見直しを検討しています。この様な事情から、特に「リピート購買」を促進させる上で最適な媒体配分を算出したいのですが、どの様に分析すれば良いですか?
A メディアミックスを”投資”と考え、「購買行動促進の費用対効果が最大」かつ「予測のブレが最小」となる配分を計算しましょう
媒体配分という「投資」に対するリスク(予測のブレ幅)を最小化した上で、リターン(期待する購買行動の伸長)が可能な限り最大化される様に媒体の組み合わせをシミュレーションします。この方法を用いる事で、
・一番無難(リスクが最小)な媒体配分は?
・一番購買行動の伸長が期待できる(リターンが最大)媒体配分は?
・最低でも前年比〇〇%のリピート購買率向上を目指せる媒体配分は?
など、メディアミックスの費用対効果の上限値と下限値を算出した上で、自社にとって最も有利なメディア配分を選択する事ができます。
マーケティング現場の事情と課題
あるブランドの今年度のプロモーション予算が5億円で、予算配分は
●TVCM:3億円
●新聞:8000万円
●雑誌:4000万円
●OOH :4000万円
●Web :3000万円
●店頭:1000万円
だったとします。当然、配分の組み合わせは他にも無数に考えられるわけですが、何故この配分であるべきなのでしょうか?どういうロジックでそのメディアミックスが組まれているのか、何故その配分が最適であると言えるのか、という論拠が曖昧なまま組まれる事が多いメディアプランですが、ここでは計量ファイナンスの分野で用いられる手法を応用し媒体配分を「投資」と考える事で、リスクとリターンの関係から費用対効果が最大になる投資配分を計算する手法を紹介します。
本手法で媒体配分を計算する際、重要なロジックは2つです。
1つ目は、投資ですから「リターンが最大になる様に計算する」という視点です。本手法の文脈で言い換えると「期待する購買行動(リピート購買)を促進する上で、費用対効果を最大化するにはどういう投資配分にすれば良いのか」という事です。ここで、費用対効果が最大、とは具体的にどういう事でしょうか?費用対効果はROIですから、投資に対してどれだけのリターンがあったかという尺度でした。広告の目的は例えば、認知率を稼ぐ、資料請求をさせる、本例で言えば継続購買を促す等といった、ターゲット消費者に何らかの態度変容・購買行動を起こしてもらう事です。従って、限られた広告予算(投資)でターゲットの購買行動(リターン)を最大限喚起することが期待できる配分が、「費用対効果が最大なメディア配分」と言えます。
2つ目は、リスクを最小化するという視点、つまり「ターゲットの購買行動率の伸長というリターンを最大化する際、その予測の誤差(リスク)は最少になるよう、投資配分を求める」というロジックです。媒体配分を投資と考えると、投資には当然リスクがつきものです。購買行動率の伸長というリターンを高く設定すれば、相応のリスクつまり、狙った通りに購買行動が増加しない可能性や、悪いケースでは行動率の低下を招く可能性も考慮しなければなりません。従ってメディアプランは、消費行動の喚起というリターンを最大化するだけではなく、同時に”予測のブレ”というリスクも最小化するように設計する必要があります。この視点から、ある配分における費用対効果の上限と下限を数値で具体的に算出でき、行動率変化の上下のブレ幅を確認した上で、”この媒体配分なら、最悪でもこの位の購買行動率の伸長が見込める”という様な見方が出来る事が望まれます。
ミクロ経済学では最適な資源分配が行われている状態を「パレート最適」と呼びますが、メディアプランニングの文脈で言えば、上記2つの最適化 – リターンの最大化とリスクの最小化 – を満たす配分の組み合わせを求める事が、パレート最適な媒体配分を求める事になります。
ここでは、プロモーションのゴールが「継続購買」を促す、という設定なので”継続購買を促す上で最適な”媒体配分を求めていきますが、実際の適用の場面ではその時々の広告の目的に合わせて最適な媒体配分を算出します(目的によって最適な媒体配分は異なります)。広告の目的が認知を向上させる事であれば、「認知率向上の為に最適な媒体配分」を求めますし、「集客」が目的であれば「来店客数向上の為に最適な媒体配分」を求めます。「ブランドの価値を高める」「顧客とのリレーションシップを強化する」の様な潜在的な目的でも最適な予算配分を数値で算出する事が可能です。また、本手法は時系列のMAデータで算出可能ですので、ブランドのトラッキングデータ等がある場合はそれを有効利用できるというメリットもあります。
分析のゴール
「継続購買」という行動を促す上で費用対効果が最大となり、かつ予測の誤差は最少になるような媒体配分を計算する
分析のロジック
1.時系列データの取得
製品のトラッキング調査を行い、リピーターはどの媒体がきっかけとなって継続購買をしているか、という時系列データを取得する
2.データセットの作成
取得したデータに定常化と季節調整を施し、時系列分析が適用できるデータセットを作成する
3.媒体配分をシミュレーションする
媒体の組み合わせシミュレーションを行い、継続購買の伸長率が可能な限り最大化され、伸長率予測値のブレ幅は最小になるような配分を求める
4.媒体配分の決定
許容できるリスク(予測の誤差)と期待するリターン(伸長率)のトレードオフを考慮しながら、採用する媒体配分を決定する
アウトプットと解釈
まず、「どの媒体がきっかけとなって自社製品がリピート購買されているのか」というデータを数週間~数か月分取得しましょう。これは製品上市後の購買者トラッキング調査でよく聴取される項目ですが、例えば以下の様な質問イメージです(別にこの通りの文言でなくても問題ありません)。
“(継続購買者に対して)以下の広告の内、どの広告が購入のきっかけとなりましたか?あてはまるものを全てお選び下さい。”
□ TVCM
□ Webキャンペーン
□ 店頭プロモーション
□ 雑誌
□ 新聞
ちなみに、ここでは「リピート購買」という観点からの最適化ですので、リピート購買のきっかけとなった媒体を聞いていますが、どの様な観点から媒体配分を最適化したいか、によって必要なデータ(質問項目)は異なります。例えば「認知向上」という観点から最適化したいのであれば、どの媒体で認知したか?を聴取する必要があります。広告が狙う購買行動に合わせて適切なデータを取得して下さい。
さて、この様な質問形式で取得したデータを解析する事で、リピート購買を促進するという観点から費用対効果が最大かつ予測のブレが最小となる媒体配分を割り出す事が出来ます。尚、本手法では時系列データを分析対象とする為、事前に階差や対数階差をとりデータを定常化しておく事と、季節調整を施しておく事が必須となります。(ここではアウトプットの見方と解釈に重点を置いて説明を行います。詳細については、コレクシアまでお問い合わせ下さい)。
継続購買行動の伸長率の期待値を少しずつ上昇させていき、その都度予測のブレが最小になるように媒体配分を組み合わすシミュレーションをしていった結果が、下の図1です。
図1は縦軸に媒体配分(累積で100%)、横軸に継続購買率の伸長率(リターン)をとっています。伸長率とは、「その媒体配分により、行動率が前年よりどれ位伸びるか」という期待値です。例えば、前年の継続購買率が平均で10%で、ここに伸長率40%と予測されたメディアミックスがあるとすれば、そのメディアミックスを実行すれば今年の継続購買率は、期待値で10%×(100+40%)=14.0%に向上する(対前年比で140%になる)だろう、という概算が成り立つ事を意味します。
図1を見ると、まず要求する継続購買の伸長率によって媒体配分が異なる事が分かります。要求する伸長率が高くなるほどTVCMと新聞の比率は下げ、逆に店頭プロモーションやWebキャンペーンの比率を増やすべき事が読み取れます。これは、継続購買率を高めたいならマス媒体だけではなく、消費者とのコミュニケーションの深化が図れる媒体とのミックスが効果的である事を表しています。また、最大の「リターン」を望むのであれば、Webキャンペーンに集中投下するべき事も示唆されています。その時の継続購買率の伸長率は68.5%ですから、それにより対前年比で最大168.5%まで伸びる可能性がある事になります。
しかしここで、投資はプラスに働くこともあれば、マイナスに働くという「リスク」もある事に注意してください。「期待値で」や「可能性がある」という表現をしているのはその為で、マイナスの伸長率というのも起こり得る事です。継続購買率の伸長という「リターン」を大きく期待すれば、当然「予測のブレ」という「リスク」も大きくなるわけです。その様な、”ある媒体配分に内在するリスクとリターンの関係”を表す曲線を図2に描いています(この曲線も解析の過程で出力されます)。
この図は縦軸にリスク、つまり「予測のブレ」を表す「標準偏差」、横軸に継続購買率の伸長率をとっています。読み方としてはまず、図のAの部分にあたる媒体配分は非効率的です。何故なら同じリスクでもっと高い伸長率を望める配分が存在するからです。図のBにあたる部分は、効率的なリスクとリターンの組み合わせ示しており、「効率的フロンティア」と呼ばれます。Bより右下の部分には現実的に選択可能なリスクとリターンの組み合わせは存在しません。曲線より上は選択可能ですが、より低いリスクでもっと高いリターンを達成する組み合わせが存在するという意味で、最適ではありません。
従って、結局この線分B上のリスクとリターンの組み合わせの中でどんなトレードオフを選択するか、という問題になります。まず、先ほどのWebへの集中投下による「最大のリターン」を望む<シナリオ1>を見てみましょう。この場合の配分は、
<シナリオ1>
で、伸長率68.5%に対して標準偏差は98.3%です。確かに最大の伸長率を望めるのですが、-29.8%というマイナスの伸長率になる事も十分あり得る(68.5%-98.3%)という事を意味しています。つまり、1点投下はリスクが大き過ぎるという事ですね。
次に、予測のブレが一番小さくなるような配分<シナリオ2>を見てみましょう。伸長率25%の点Cの辺りで標準偏差が最小値(11.3%)をとっています。その時の媒体配分は図1の元データを読むと
<シナリオ2>
となりました。従ってこの配分なら、基本25%程度の伸長率が見込め、最悪でも25%-11.3%=13.7%の伸長率は期待できるという事です。
次に、この「ワーストケースでの伸長率が最大になる」配分を探してみましょう<シナリオ3>。図3は、標準偏差から計算した伸長率の下限(縦軸)と伸長率の期待値(横軸)の組み合わせを表しています。
この図から見ると、およそ点Dの伸長率50%のあたりで下限の伸長率が最大値(18.5%)をマークしています。図1で伸長率50%の時の媒体配分を読み取ると、以下のようになりました。
<シナリオ3>
シナリオ2(点C)での媒体配分に比べて、TVと新聞の配分が下がり、Webキャンペーンと店頭プロモーションの割合が大分上がった配分となりました。この配分なら、最低でも18.5%の伸長率が期待できそうという事です。
さて、実際の実務では上記の様な情報に加え、現在までの媒体計画からスムーズに移行できるかどうか?というオペレーション上での検討事項や、「継続購買の向上」以外の目的から見た時の媒体配分と見比べてあまりにかけ離れていないか?という視点等を加え、点Cから点Dにかけての伸長率25%~50%の辺りで最適な配分を決定する、という流れになるでしょう。