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ナラティブによる顧客理解 ビジネス活用の基本と事例をまとめて解説

2021/11/22

著者:芹澤 連

 <この記事で分かること>

 ●ナラティブはなぜ分かりにくいのか
 ●ストーリーとナラティブはどう違うの

 ●なぜ注目されているのか、なぜナラティブが重要なのか
 ●ナラティブアプローチとは結局何をすることなのか
 ●これからのマーケティングに、どう有益なのか

ナラティブは医療や看護、カウンセリング、ゲーム開発、人事など実に様々な分野で使われています。最近になってビジネスやマーケティングの分野での応用も始まりました。しかし、分野やテーマ、人によって定義が違うので、ナラティブって結局何なの?どうビジネスで活用できるの?と思われている方も多いと思います。

そこで、「顧客体験マーケティング」の著者が、主にマーケティングの分野でナラティブを活用していくための基本知識を、基礎から実践手順まで、まとめてご紹介していきます。

ナラティブは分かりにくい?

実践に入る前に、ナラティブの基本的な考え方を押さえておきましょう。いきなりですが、次の内、ナラティブについて正しい説明はどれか分かりますか?

 1.ナラティブとストーリーは大体同じと思ってよい
 2.ナラティブとは、顧客自身の語りのことだ
 3.ナラティブとは、N1で顧客を深く理解することだ
 4.ナラティブとは、ユーザー視点のCMやクリエイティブのことだ
 5.ナラティブとは、顧客の受け止め方のことだ

5が正解、2は”半分”正解です。残りは間違っているわけではありませんが、ナラティブの本質と少しズレています。

特に、2の「顧客自身の語り=ナラティブ」という理解の仕方をされている人が多いのではないかと思います。語りが何かという定義にもよりますが、この理解だと「インタビューやFGI(座談会)、インサイト調査とナラティブは何が違うの?」、「結局、N1の深い理解が大切だという話なのでは?」という疑問が出てきます。

顧客の声や意見が大事というのは、昔から言われていることです。何もナラティブアプローチに限った話ではありません。この辺りの使い分けを意識できていないと、ナラティブアプローチのマーケティングのご利益を最大限引き出せません。そもそもナラティブとは何のことで、おおよそどんな事をするのがナラティブアプローチなのでしょうか。

ナラティブとは「受け止め方や意味づけ」のこと

ひと言で言うと、ナラティブとは「相手の受け取り方や意味づけ」のことです。同じブランドでも、これはこういう商品だ、このサービスはここが他と違うなど、受け取り方は人それぞれですよね。そうであるなら、顧客の「受け取り方の癖や傾向」を理解した上で、それに沿うように効果的なコミュニケーションや製品要件を考えていこう、もしくは現在の認識を変えていこうというのがナラティブアプローチの根っこの考え方です。これを実践するには、まずストーリーとナラティブの違いを押さえておくことが肝要です。

ストーリーとナラティブの違い

ナラティブもストーリーも「物語」と訳されるので大体同じものと考えがちですが、マーケティングの実務上、ストーリーとナラティブは別物として捉え必要があります。Van Laer et al.(2014)は、ストーリーとナラティブの違いについて、

 ストーリーは語り手が作るもの
 ●ナラティブは聞き手がストーリーを翻訳して作るもの

とした上で、「消費者は与えられたストーリーを読むだけではなく、自らストーリーに意味を割り当ることで解釈している」と述べています。つまりナラティブとは、「ストーリーを理解するために、聞き手が作った物語」ということです。

これだけだと概念的で分かりにくいので、少し詳しく見ていきましょう。また、ナラティブという言葉自体が多くの分野で使われており、定義も異なるため、混乱のもとになっています。まず、これらの用語周りを整理しておきましょう。

物語自体(内容や構成)に着目する場合は、ストーリー=ナラティブ

ストーリーとナラティブの違いや定義は、興味の対象が「物語の理解」にあるのか、「物語が生まれるプロセスの理解」にあるのかにより変わってきます。まず、文学、言語学、物語学、民俗学などでは、物語の構造や内容、表現形式といった物語自体に焦点が当たります。

物語自体に着目する場合はストーリーとナラティブはほぼイコールと考えて問題ありません。この場合、ナラティブは以下のような特徴により定義されます(Escalas, 1998)。

 ●一般論や概念的ではない(特定のテーマがある)
 ●登場人物キャラクターが明確
 ●時系列(時間の推移)があること
 ●始まりと終わり、起承転結があること
 ●物事や要素、出来事の間の因果関係が明確であること

このように、何が語られたのか、どう語られたのかが興味の対象であり、ナラティブはどちらかというと「データ」として扱われます。ナラティブデータの分析手法としては、会話分析やエスノメソドロジー、グラウンデッドセオリーといった方法が発展してきました。

物語が生まれるプロセスやメカニズムに着目する場合は、ストーリー≠ナラティブ

医療や看護、心理療法、ゲーム開発、キャリアコンサルティングなどでは、語られた内容に加えて、どういう背景でその物語が生まれたのか、なぜその内容になったのかに焦点が当てられます。これらの分野では、物語を起点として、

 物語が生まれた背景やプロセス、メカニズムを理解する
 ●その理解に基づいて、認識や行動を変化させる

所まで踏み込む必要があるからです。ビジネスやマーケティングにおけるナラティブは、こちらの文脈で捉えるべき、と言えます。

こちらの流派では、ストーリーとナラティブはイコールにはなりません。物語を提供する側(例:企業、医者)と、物語を受け取る側(例:顧客、患者)にサイドが分かれた構図になるからです。そして多くの場合、物語を提供する側は、受け取る側が「受け入れやすい物語」を作ろうとします。この物語がストーリーで、それを顧客に提供する行為がストーリーテリングです。

一方、与えられたストーリーに対する受け手の反応は様々です。生活環境やこれまでの経験、知識などによって、ストーリーの受け取り方は変わります。広告開発や製品開発にナラティブを活かすためには、この解釈や意味づけのプロセスがどういうものなのか、何をどう伝えればブランドにとって有利な意味づけが行われ、認識や行動を変えられるのかを理解する必要があるわけです。

なぜナラティブが重要なのか?ナラティブアプローチとは結局何をすることなのか?

ナラティブアプローチを分かりやすく言うと、「意味を理解すること、意味を作ること、意味を変えること」です。新しい出来事や情報を見聞きした時、私たちはそれらをいったん「自分の中で意味が通じる物語」に翻訳するというプロセスを経ることで、理解や記憶をしています(Bruner, 1990)。

この意味づけのプロセスおよび、そのプロセスを経て生まれた顧客の解釈がナラティブです(Van Laer et al., 2014)。そして、どういう意味づけがされたかによって、その後の態度や行動が変わります。言い換えると、広告や製品に対する意味づけや受け止め方を変えることができれば、ブランドに対する態度や購買行動を変えることもできる、ということです。これが、ナラティブアプローチをビジネスに取り入れる意義です。

ナラティブと言うと、とにかく「本人の語り」という側面が取り上げられがちですが、大事なのは「その語りが生まれるプロセス」を理解する側面と、「どうしたらその語りを変えられるか」を分析する側面です。

何が語られているかだけ分かっても対応できませんが、なぜそのような語り(例:口コミ)が生まれるのかを理解できれば、そこに介入して認識や行動を変化させる、もしくは望ましい語りを再現する計画(施策)を作ることができます。

こうしたアプローチは、具体的にどんな場面で実践されているのでしょうか。いくつか事例を見ながら、実践のためのポイントを学んでいきましょう。

事例1 ”病いの意味”を考える『ナラティブベースドメディスン』

医療分野におけるナラティブアプローチの代表例として、ナラティブベースドメディスン(NBM、Narrative Based Medicine)があります。医学的に正しいだけでなく、患者視点で満足度の高い医療を提供するために医療者と患者の対話を重視する考え方を、ナラティブベースドメディスンと言います。これに対して、科学的なデータやエビデンスに基づいた医療を行うことを、エビデンスベースドメディスン(EBM、Evidence Based Medicine)と言います。

 EBMでは”疾患”(desease)を診る  =患者の細胞や組織、臓器を診る
 ●NBMでは”病い”(illness)を見る  =患者の病気の受け止め方を見る

医学的には同じ疾患でも、患者のライフステージや家族構成、会社での責任、どんな辛さを感じているのか等の主観的要素によって、疾患の受け止め方は違ってきます。受け止め方が違えば、治療に求める優先順位やその人にとって最適な治療内容も変わってきます。そのため、患者の立場に立ったコミュニケーションを行い、エビデンスとナラティブをすり合わせた先ににある本当に患者にとって価値のある医療を目指そう、と考えるわけです。

事例2 ストーリーを体験に落とし込む『ナラティブディレクション』

ゲームという商材では、価値の大部分が体験で占められています。また、ストーリーとナラティブの違いもはっきりしています。

 ストーリー:開発者が作った世界観や登場人物、イベントなど
 ●ナラティブ:プレイヤー1人1人のゲームプレイ体験

ゲーム開発では、ストーリーを作る人とは別に、「ストーリーの受け止められ方を設計する人」が存在します。ゲームの面白さは、ゲームとプレイヤー間の双方向のインタラクションが前提です。従って開発側が用意したストーリーが、プレイヤーのナラティブにスムーズに変わるよう、ゲーム環境をプレイヤー視点で調整する作業が必要になるわけです。

この調整を担当するのが、ナラティブディレクターという職種の人達です。脚本家が作った世界観やストーリーを、ゲームのステージやキャラクターのデザイン、動きや操作性、台詞や楽曲、難易度といったプレイヤーとの接点に反映し、ゲームプレイ全体の体験を管理するのが、ナラティブディレクションの役割です。広告業界のクリエイティブディレクターに近いですね。

まとめ

ナラティブという概念は、「相手にどう伝わったかがコミュニケーションの全て」という原則に通じる所があります。だからこそナラティブベースドメディスンでも、ナラティブディレクションでも、聞き手(患者、プレイヤー)の視点を意識的に実務に取り入れる、という作業を設けているわけです。これをマーケティングに応用すると、

 1.ナラティブで顧客を理解する
 2.その理解に基づいたストーリーを作る(広告や製品で再現する)

という使い方になります。

ビジネスでは、顧客理解だけだと不十分であり、顧客理解をどう施策に結びつけるのかが重要です。ナラティブをビジネスツールとして考えれば、広告や製品に対する認識を変え、ブランドに対する態度や購買行動を変える所まで踏み込めて、初めて実践的なツールとなります。では具体的にどう取り組めばよいのでしょうか。次の記事、「ナラティブ分析入門|顧客視点の持ち方と消費者の声の聞き方」に続きます。

参考文献

Bruner, J. (1990). Acts of meaning. Harvard university press.

Escalas, Jennifer E. (1998), Advertising narratives: What are they and how do they work? in Representing Consumers: Voices, Views and Visions, ed. Barbara B. Stern, New York, Routledge, 267-289.
Van Laer, T., De Ruyter, K., Visconti, L. M., & Wetzels, M. (2014). The extended transportation-imagery model: A meta-analysis of the antecedents and consequences of consumers’ narrative transportation. Journal of Consumer research, 40(5), 797-817.

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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