Collexia

なぜ消費者理解が重要なのか?消費者調査との違いを事例で解説

2021/11/15

著者:芹澤 連

消費者をヒトとして理解する「全人的な理解」が注目されています。看護や臨床心理、社会福祉などでは、患者の全人的な理解の重要性は昔から言われてきた概念ですが、昨今マーケティング領域でも議論が本格化しています(2020年マーケティングアジェンダ東京のキーノート)。 

一方で、顧客を人間として理解するとはどういうことなのか、何が分かれば人間理解したことになるのかなど、共通認識の形成には至っていません。特に、広告や製品開発といったマーケティング領域では、消費者調査と消費者理解はほぼ同じ意味で使われています。

今回は、なぜ消費者理解が重要なのか、消費者調査だけでは何が不十分なのかを説明しながら、消費者調査と消費者理解の違いを明確にしてきます。また、消費者理解を行うためのツールとして心理学の「スキーマ」を解説します。

消費者調査の前に、消費者理解が必要な理由

日本の大企業ですと、3,4年程度で別部署へのローテーションになったり、転職がはさまったりで、1つの商材の顧客と長く深く付き合うのが難しい、という現状があると思います。逆に、同じ業界にずっと居ると、イメージする顧客像が頭の中で平均化、固定化されやすくなります。

その結果、データや調査レポートに書かれている事が全てになってしまい、その情報の範囲内で分かることを消費者理解と呼ぶことになります。また事業会社であれば、配属後すぐに広告や製品開発といった実務を行う環境に放り込まれます。すぐにビジネスの成果が求められるため、消費者理解(WhatやWhy)より、方法論(How)に目がいきがちになります。

しかし顧客の真意が分からないままでは、コミュニケーションは取れません。英語が分からないまま外国で仕事をするようなものです。観光程度ならなんとかなっても、深いコミュニケーションは取れないでしょう。

つまり、調査レポートやデータを見る前に、そこに書かれている「顧客語・消費者語」を知っておく必要があるわけです。そこを飛ばしてデータやレポートを読んでも、どこに重要なインサイトが含まれているのか、情報の取捨選択で失敗することになります。

消費者理解の重要性~データを見た時の「想像力」を養う

同じデータでも解釈には恣意性があります。顧客が言っている事をどう解釈するか、そこから何を閃くことができるのかは、その人次第です。このことを簡単な例で考えてみましょう。中学1年の国語の問題です。

問題:同じ言葉でも、文脈によって意味が異なります。次の①~③では、「ご飯」という言葉がどのような意味で用いられているでしょうか。アイウの中から選んでください(東京都教育委員会, 2020)。

 ① 今日のご飯を何にするか考える。
 ② 運動をしたのでご飯がうまい。
 ③ 土鍋を使ってご飯を炊く。

 (選択肢)
  ア 米飯という意味
  イ 献立という意味
  ウ 食事という意味

答え:①は献立(イ)、②は食事(ウ)、③は米飯(ア)という意味ですね。どの言い方も割と日常的に使いますし、選択肢も与えられているので、簡単に分かったのではないでしょうか。

では次はどうでしょうか。調味料開発のプロジェクトで、料理についてのインタビュー抜粋です。

Aさん「味付けって好みがあると思うんですけど、調味料は毎日使うので。やっぱり安心して使いたいじゃないですか。」

問題:Aさんの言う「安心して使いたい」とは、どんな意味でしょうか。

前後のデータが無いので推測するしかありませんが、額面通りに受け取ると、成分や製法といった健康面での安心という意味に聞こえます。しかし、それは読み違いです。

どういうことかは後ほど説明しますが、そもそも、前後のデータがあるからといって、必ず正解に辿り着けるわけではありません。話しやすいことを思いつきで言っただけかもしれないので、額面通りには受け取れないからです。

また、実務では国語の問題のような選択肢は用意されません。ですのでデータがあってもなくても、結局、マーケター自身が「この意味もあり得るし、この意味もあり得る」という選択肢自体を想像した上で、Aさんが調味料を買いたくなる提案を作る必要があります。

そのためには、正しく直感を働かせる「想像力」が必要です。消費者調査をすれば、前後の文脈込みでデータは得られます。しかしデータがあっても、必ず優れたアイデアが生まれるわけではありません。データとアイデアの間には深い谷があります。この谷に橋をかけて渡る、つまりデータに書かれていること以上の価値提案を生み出すためには、顧客調査ではなく、顧客理解が必要になります。

実務レベルで見た「消費者調査」と「消費者理解」の違い

消費者研究の歴史は100年以上前に遡りますが、その大部分は、消費者を合理的に説得する方法、違いや独自性を伝える方法、イメージを伝える方法など「どうしたらブランドが売れるのか」というHOWの部分が中心でした。これに対して顧客理解は、「顧客はどんな行動をしているのか」、「なぜその行動をとるのか」といった、WHATやWHYが中心になります。

次の表は、消費者調査と消費者理解の違いを、実務の観点から整理したものです。

消費者調査では、消費者を深く理解するために”N1”(実在する個人)に着目しますが、消費者理解は個人の背景にある”文化”に着目します。調査だと、どうしてもブランドありきの文脈でN1を捉えることになりますが、消費者理解においてはいったんブランドから離れ、N1の背後にありN1を動かしている人間としての欲求や衝動、文化やコミュニティを理解することが主になります。

消費者調査と消費者理解の違いは、アウトプットやアウトプットの使い方にも表れてきます。調査では消費者をデータとして分析するという側面が強いですが、消費者理解はデータを物語に翻訳するという側面が強くなります。消費者を物語として理解して、新しい物語、つまり価値提案を生み出すということです。

認識共有や合意形成のプロセスも異なります。社内やチーム間で認識共有をする際に、顧客を調査してペルソナやカスタマージャーニーを作ることがあるかと思います。消費者調査では、顧客像や顧客のカスタマージャーニーがどうなのかが焦点になりますが、消費者理解では、それに加えて、自分たち(別部署の同僚やチームメンバー)が消費者をどう捉えているのかの理解も行います。つまり、顧客以外の理解も重要だという視点です。

共有すると何となく認識も統一された気になりますが、そう簡単ではありません。ペルソナやジャーニーを共有したからといって、直ちに「だからどうすべき」について合意が形成されるわけではないからです。そこで消費者理解では、消費者側のペルソナや行動モデルを作ったら、必ず企業側が考えるペルソナやジャーニーも作成して、付き合わせて比較します。どこにどんな差分があるのか、どこにどんな提案をすれば価値になるのかというレベルで、チームの認識を揃えていくわけです。

消費者理解に役立つツール『スキーマ』

消費者を理解する手がかりの1つは、人がどんな視点で物事を捉えているのかを理解することです。認知科学系の各分野では、「人は、世の中を理解するためのフィルターのようなものを持っていて、それを通して様々な情報処理をする」というモデルが登場します。

 ● スキーマ(心理学)
 ● メンタルモデル(認知心理学)
 ●ドミナントストーリー(カウンセリング)
 ●文化モデル(文化人類学)
 ●社会構成主義(社会学)
 ●ヒューリスティクス(行動経済学)
 ●ナラティブ(看護や医療)

スキーマを例に説明します。将棋のプロは盤面を一瞬で覚えて再現できるそうです。一体どんな捉え方をすればそんなことが出来るのでしょうか。棋士は駒の配置を暗記しているのではなく、頭の中にある過去の対局や棋譜を検索して、どのパターンに近いのかを思い出しているそうです。

つまり、事前知識として様々な棋譜や流れを「知識のまとまり」として持っておき、その中の1場面を取り出すという手続きをしている、ということです。なので、素人が適当に打った盤面は覚えることができないそうです。このような、事前知識からある目的のために取り出される「知識のまとまり」がスキーマです。

普段意識することはないですが、我々も日常生活の中で似たようなことはしています。例えば自動車を運転する時、いちいち運転マニュアルは見ないと思います。初めて行くレストランでも予約を取り、店に着いたらテーブルに座って料理を食べるという流れは分かると思います。運転するスキーマ、レストランのスキーマがすでに頭の中にあるため、それを「取り出すだけ」でいいからです。

消費者を理解することで、マーケターの「選択肢」が増える

ということは、マーケターにも「顧客を理解する時のスキーマ」があると考えるのが自然です。ただし、それは顧客のスキーマと必ずしも一致するとは限りません。先ほどのAさんの発言を見た時、どの観点から話していると思われましたか?

(再掲)

Aさん「味付けって好みがあると思うんですけど、調味料は毎日使うので。やっぱり安心して使いたいじゃないですか。」

多くの方は「原材料や健康面の話だろう」と思われたはずです。ではここで、前後の文脈を読んでみてください。

<環境や行動の意味を聞くことで、顧客のスキーマを理解>

 ―調味料は誰が使うんですか?

A「夫と義父が毎日使います。あ、私が料理に使う分は台所にあります。」

 ―ということは、調味料を2つ使い分けるのですか?

A「そうですね。調味料は台所と食卓用に2つ置いてますね。」

 ―どういう使い分けをしているんですか?

A「同じものですよ。味が変わったとか、今日は味が薄いとか言われた時、これ(食卓用調味料)使いなって(笑)」

 ―味の調節用ということですか?

A「味付けって好みがあると思うんですけど、調味料は毎日使うので。やっぱり安心して使いたいじゃないですか。」

 ―安心して使えること、何かエピソードありますか?

A「例えば、味が変わったとか言われても困るじゃないですか。変えてないので(笑)そういう時食卓にあると安心ですね。」

 ―なるほど、食卓に置いておけば、いつもと同じ味だからと言いやすいわけですね。

A「そうですね、(夫や義父は)無言で台所まで(調味料を)取りに行きますからね。」

 ―なら最初から置いておこう、と。

A「そうです。最初から置いてます。」

いかかでしょうか。つまりAさんの言っている安心とは、健康面ではなく、味付けに文句を言われないから安心という意味です。調味料は、「平穏な食卓が壊れない安心」を提供する道具として、Aさんの価値になっているわけです。

この問題は、すこし意地悪な出題の仕方をしています。前後のやり取りの情報が無ければ、健康面や成分面に誘導されやすいでしょう。しかし実務では往々にして、このような情報不足は起こります。アンケートのコメント欄に「安心感が大事」と書いてあったら、どんな状況を想像しますか?「安心感を重視する消費者が多い」という定量データがあったとして、どんな製品や広告を作りますか?

まとめ

手に入る情報は限られている。データにバイアスがあるかもしれない。そのようなことは、実務では日常茶飯事です。それでも意思決定しなければいけません。そこで間違わないためには、想像力によってバイアスを補正して、複数の選択肢(仮説)を自ら生み出す力が必要です。そのためには、消費者のスキーマとマーケターのスキーマが異なることを前提に、日頃から顧客理解を行うことがキーになるわけです。

ではどうしたら、こうしたスキーマを見える化できるのでしょうか。そもそも消費者調査と消費者理解の違いが分かった所で、実務でどう実践していけばよいのでしょうか。長くなるので、消費者理解のおすすめ手順や気を付けるポイントなどはこちらの記事でまとめまています。

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

コレクシアに
相談してみませんか?

マーケティング戦略設計・顧客理解・市場調査でお悩みなど、
お気軽にご相談ください