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戦略ごっこ:「誰に、何を、どのように」を考える“以前”のお話があります。

誰に(WHO)、何を(WHAT)、どのように(HOW)」─これはビジネスのあらゆる場面で用いられる、最も基本的な思考法と言えるでしょう。いわゆる戦略系の話では、ほぼ必ずと言っていいほど登場するフレームワークです。実際、上流の戦略から四半期のプロモーション、新商品開発、広告コミュニケーション、PRや記事コンテンツ1本に至るまで、およそ全ての顧客志向の仕事はこの3要件を定義せずに進めることはできません。しかし、本書の着眼点は、WHO/WHAT/HOWを考える“前”に知っておくべきことがあるのではないか、という点にあります。それが「市場と消費者に関するファクト(事実)」と「事業成長のエビデンス(根拠)」です。

マーケティングやブランディングには、「自分でソース(根拠、原文)を確かめたわけじゃないけど、みんなそう言ってるし、まあそういうものなんだろう」という話が結構ありますね。

STP、顧客ロイヤルティ、新規獲得と離反防止、リピート購入、差別化、ニッチ戦略、ブランドイメージ、パーセプション、ポジショニング、プレミアム化、推奨、ファンマーケ、購買ファネル、クリエイティビティ、予算配分の最適化、マーケティングROI・・・・

本書では、このような「よく聞く“当たり前”の話」の根拠を、海外の実証研究や論文を中心に徹底的に掘り下げています。その結果、事実ではない、一般的に有効とは言えないケースがたくさん見つかりました。1つや2つではありません。消費者理解から商品開発、プライシング、流通、広告コミュニケーションまで、戦略や戦術に関わるほぼ全ての面で「根本的な事実誤認」がいくつもあるようです。

これはよろしくありません。いくらWHO/WHAT/HOWの個別具体的な解像度を高めても、それが立脚する「前提」が間違っていたとしたら問題です。ですから、ファクトやエビデンスに基づいて、マーケティングの前提部分をしっかりアップデートしておきましょう、というのが筆者からの提案です。料理に例えるなら、いくらセンスの良い料理人(=読者のみなさま)でも、砂糖と塩を取り違えたら(=事実を誤認していたら)、おいしい料理(=ビジネス成果)は作れません。

「さすがにそのレベルでは間違えないよ」と思われるかもしれません。しかし、本書を読み進めていただくと分かりますが、意外と“そのレベル”で誤認していることが多いのです。現実と理屈が合わないとき、間違っているのは理屈のほうです。現在ではリスキリングがはやっていますが、本来知り直すべきなのは「こうするとこうなる」「そうしたくても、そうはならない」という、市場と消費者行動に関する基本的なファクトです。そこを勘違いしたままでは、どんな素晴らしいアイデアも水の泡、企業の貴重なリソースが無駄になります。

●本書の構成

改めて本書の目的を定義すると、「エビデンスベースで、事業成長やマーケティング戦略の当たり前を洗い直すこと」と言えます。戦略思考にもいろいろありますが、先述の通り、マーケターは「誰に(WHO)」「何を(WHAT)」「どのように(HOW)」という順で考えることが多いかと思いますので、本文もその順に構成しています。全体としては次のような流れになります。

戦略ごっこ―マーケティング以前の問題
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はじめに:WHO/WHAT/HOWを考える“以前”のお話があります
序章:エビデンスベーストマーケティングとは

WHO以前の問題―消費者行動の規則性
 1章:新規獲得と離反防止のエビデンス
 2章:ロイヤルティのエビデンス
 3章:態度変容、行動変容のエビデンス

WHAT以前の問題―商品・価格の規則性
 4章:差別化戦略のエビデンス
 5章:価格戦略、価格プロモーションのエビデンス
 6章:商品戦略、ブランドポートフォリオのエビデンス

HOW以前の問題―広告コミュニケーションの規則性
 7章:STP、ブランドイメージ、パーセプションのエビデンス
 8章:メディアプラン、クリエイティブのエビデンス
 9章:広告予算、マーケティングROIのエビデンス

おわりに:エビデンスが全てなのか?

引用文献(英文)
引用文献(邦文)

●「WHO/WHAT/HOW」を考える前に知っておくべき市場と消費者のファクト

次に、各部の概要を簡単に説明します。

第一部

第一部では「WHO以前の問題」と題して、消費者行動の規則性を解説していきます。現在は、1人の顧客に着目して生活文脈や感情に即したミクロなインサイトを掘っていく「顧客理解」が注目されています。筆者もこれまで「顧客・未顧客を含め、消費者理解が重要である」という主張を方々でしてきましたが、ここで言う消費者行動の規則性というのは、ペルソナやカスタマージャーニー、インサイトといった消費者1人の深い理解の話ではなく、消費者を母集団/マス/コホートとして捉えたときにどのような傾向があるのか、事業に増分価値をもたらすにはどのような視点の理解が必要なのか、という話です。

例えば、事業成長において、新規獲得と顧客維持はそれぞれどのような役割を果たすのでしょうか。顧客ロイヤルティは直接高めることができるのでしょうか。小さなブランドにとって、ヘビーユーザーは本当にポテンシャルの高いセグメントなのでしょうか。よく「顧客を育成する」と言いますが、ライトな顧客をロイヤルな顧客に変えることは可能なのでしょうか。またマーケティングでは、昔から「態度を変えれば行動も変わる」という態度変容モデルが主流です。しかし、そんな簡単に人の行動が変わるものなのでしょうか。そもそも「態度→行動」のような単純な因果関係で捉えてよいのでしょうか。

第一部では、このような消費者の態度変容と行動変容に関する基本的なファクトを中心に、「ブランドを成長させるためには、そもそも消費者をどのような存在として捉えるべきなのか」を学んでいきます。

第二部

第二部では「WHAT以前の問題」と題して、商品や価格に関する規則性を解説します。従来のマーケティングでは、WHAT(どのような価値を提供するのか)を考える前提として、「差別化」の重要性が説かれてきました。しかし、消費者は本当にブランドの差を認識して選んでいるのでしょうか。また、ひと言で差別化といってもいろいろな場合分けが考えられます。闇雲に競合と違うことをするのではなく、「誰に対するどんな差別化が、事業にどのような成長をもたらすのか」をきちんと理解して、自社ブランドが置かれた状況やゴールに合った差別化を考えることが大切です。

一方、差別化は「価格」と切っても切れない関係にあります。消費者にとっては「何が(商品)いくらで(価格)」というセットで価値になるからです。企業にとっても、何が利益成長のドライバーなのか、どうしたら高い価格が受け入れられるのかなどは大きな関心事ですね。価格弾力性に関するエビデンスを基に、販売量と利益のトレードオフを最小化するプライシング技術や、ブランドの成長段階に応じた価格戦略を学んでいきます。

第二部の後半では、新商品の成否を分ける要因や、ブランドポートフォリオに関する疑問をエビデンスベースで考察していきます。サブカテゴリー化やプレミアム戦略、リニューアル、リポジショニングなど、勘と経験に頼る部分が多かったテーマについても、エビデンス思考で切り込んでいきたいと思います。

第三部

第三部では「HOW以前の問題」と題して、広告やメディアプラン、クリエイティブ、マーケティングの効果やROIに関する規則性を見ていきます。広告は消費者にどのような影響を与え、売上やシェアを生み出すのでしょうか。根拠のあるコミュニケーションデザインとはどのようなものなのでしょうか。「リーチとターゲティング」「ポジショニングとカテゴリーエントリーポイント」「ブランドの一貫性と新しさ」「説得とパブリシティ」といった、時に対立する視点をどうバランスさせていけばよいのでしょうか。ポジショニングやブランドイメージに関する基本的なエビデンスから始め、最近注目を集めているパーセプション(認識変化)の設計や、カテゴリーエントリーポイント(CEP)ベースのブランド管理まで解説していきます。

また広告は、“行う前”のプランニングだけではなく、“行った後”の効果測定や次回施策へのフィードバックも大切です。近年では、「予算配分の最適化」「ROIの最大化」といった言葉がずいぶん気軽に使われるようになりましたが、その意味を正しく理解し、利活用できている人は意外に多くありません。第三部ではそのあたりも確認しながら、根拠のある広告コミュニケーションとメディアプランニングを実践するための「エビデンスに基づいたアプローチ」を紹介していきます。

おすすめの読み方、使い方

このように、本書はマーケティングに関する広範なテーマをカバーしています。最初から順に読んでいただくと、エビデンスベーストマーケティングの全体像を理解することができると思いますし、実務の中で「あれ、これって根拠のある話なんだっけ?」「こういう場合、どうすればいいんだろう?」と迷ったときに、課題から逆引きして、各論レベルの確認に使っていただいてもOKです。

実際、エビデンスベーストマーケティングに関しては、バイロン・シャープ教授の『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)以外は邦文の類書がないので、海外の論文や実証研究、白書などの一次ソースをゼロから調べ上げています。文中で引用している文献だけで300報以上、参考まで含めるとその倍近く読んでいます。手前みそになりますが、どのようなカテゴリーでも、大きなブランドでも小さなブランドでも、事業会社でも支援会社側でも、バイロン・シャープ派でもコトラーやアーカー派でも、マーケティングに関わっているのなら、ファクトチェックとして一度は見ておいて損はないかと思います。

最後に、時間に余裕のある方は上述の『ブランディングの科学』(朝日新聞出版)か、前著『“未”顧客理解』(日経BP)を読んでおくと、一層理解が深まると思います(もちろん、本書から読み始めても大丈夫です)。

Sharp, B. (2010). How brands grow: What marketers don’t know. Oxford University Press. (シャープ, B. /加藤巧(監修)・前平謙二(訳)(2018)『ブランディングの科学:誰も知らないマーケティングの法則11』朝日新聞出版)

芹澤連(2022)『“未”顧客理解:なぜ「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』日経BP

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