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新規事業のリサーチで重要な「当たり前を見直す」方法とは

2022/1/21

著者:芹澤 連

新規事業開発や新製品開発のプロジェクトの担当者が、まず最初にすべきことは何でしょうか。それは「解決する価値のある課題」を見つけることです。いくら最新のDXを取り入れたアイデアであっても、解決すべき課題がなければ消費者不在の空論になるからです。これを防ぎ、実益のある事業や新商品を生み出すための考え方として、本記事では、「消費者の当たり前を見直す」ことの重要性と方法を解説していきます。

具体的には次のような視点から、消費者の課題発生メカニズムを解き明かすと共に、新規事業開発や新サービス開発を担当された方が実務で使える手法を、事例を交えて紹介したいと思います。

 <ビジネスで解決する価値のある課題を見つけるための視点>

  ●課題は「今までの当たり前」が壊れた時に生まれる
  ●需要は「今までの当たり前が壊れ、新しい当たり前が決まっていない」という差分により創られる
  ●解決とは「新しい当たり前ができる(決まる)」ことである
  ●分析とは「消費者の当たり前とマーケターの当たり前を突き合わせて見直す」ことである
  ●企画とは「新しい当たり前を生み出す」ことである

1. TAMとWTP:アイデアの良し悪しではなく、アイデアが何を解決するかで市場が決まる

メーカーで新規事業や新製品を開発するとなれば、自社の強みを活かしつつDXをどう推進するか、サブスクにできないか、AIをどう活用するかなど、新サービスならではの付加価値があるアイデア作りに励まれるでしょう。そしてアイデアが出てくると気になるのは、「このアイデアはいけてるのか?」ということだと思います。

しかし狙える市場は、アイデアの良し悪し以前に、「そのアイデアがどんな課題を解決するのか」でほぼ決まります。自社の強みやDXをどうするといった話以前にすでに決まってしまい、一度決まると変えられません。

なぜかと言うと、解決する課題次第でTAMとWTPが決定されてしまうからです。TAMとはTotal Addressable Marketの略で、獲得可能な市場規模の上限という意味です。WTPとはWillingness to Payの略で、ある財に対する支払い意思額という意味です。分かりやすく言うと、

 ●TAM:顧客数(潜在層も含めて、その課題を持った人がどれ位いるか)
 ●WTP:単価(その課題解決のためにいくら使えるか)

ということです。例えば、受験生向けに「志望校の過去問からAIが最適な問題を出題してくれる」という教育系サービスのアイデアがあったとします。日本で子供を持つ世帯数は2020年現在で約1100万世帯です。年々減少傾向にありますが、いきなり半分になったりはしません。また子供の養育費、例えば塾の月謝として払える金額もおおよそ決まっています。最新のAIが教えてくれるサービスが出来ても、生活費の中から養育費に使える金額が増えるわけではありません。

アイデア(例:AI講師)は、限られたパイの中からどれだけ自社が獲れるシェアを増やせるかという話であって、パイの大きさ(児童を持つ親の数)自体はすでに決まっています。そして消費者は、「自分の課題がどの程度解決されるか(例:子供が東大に合格できるか)」に対して金を払うのであって、企業の努力や投資に金を払うわけではありません。

従って、具体的なプロダクト要件やサービス要件を考える前に、どんな課題を解決するのか、どの課題が解決する価値があるのか、競合がすでに解決していないかといった、課題の理解課題選びが重要になります。

2. 課題とは何か?どうやって生まれるのか?

ビジネスでは「課題解決」という言葉を日常的に使いますが、そもそも課題とはどうやって生まれるのでしょうか。課題は、「今までの当たり前が壊れた所」に発生します。生活に深く根差していることであるにも関わらず、普段意識することがないため、いざそれが崩れた時に「あれ困ったな、どうしよう」という課題感が発生するわけです。

「当たり前だったという認識」と「当たり前ではなくなったという現実」の差分を認識して初めて、疑問を持つこともなかった行動や生活側面に意識が向くようになります。同時に、この差分が残ったままだと認知的不協和が起こりモヤモヤします。場合によっては実際に生活に支障をきたすこともあるでしょう。そこに、差分を埋めることができる手段への需要が生まれます。

3.では、解決とは何か?

課題を「当たり前が決まっていない状態」と定義すれば、解決とは「新しい当たり前ができる(決まる)こと」と言えます。上述の差分を解消する何らかの手段(商材やサービス、代替品、新しい行動など)が採用され、消費者の中で新しい当たり前が築かれることで、課題が解決された状態になるわけです。

私が所属するコレクシアには、消費者行動や顧客体験を専門に分析するチームがあり、これまで100以上のブランド、5000以上のカスタマージャーニーを分析しています。そこで分かったのは、新商品や新サービスが消費者に受け入れられる時や、新しいトレンドが生まれる時は、共通して次のような順序になっているということです。

 <新しい商品やサービスが受け入れられる順序>

  1. 現状体験:当たり前の生活がある
  2. 課題感の発生:環境の変化や外部からの刺激により、当たり前が崩れる
  3. 新しい価値の受容:新しい商品やサービスが採用される
  4. 生活変化:新しい当たり前が構築される

この1~4の構図を「アクセプターモデル」と呼びます。商品やサービスがどのように受け入れられているのかを理解して自社の独自性を考えたり、競合ブランドや新しい消費トレンドを解き明かして自社が提供すべき顧客体験を設計する際に効果的なツールです。アクセプターモデルについては、「アフターコロナで変化した顧客体験を4ステップで分析「売れる」を仕組み化する【マンガで解説】」で詳しく解説されています。

4. 「当たり前」が決まっていない行動の見つけ方

ここまでの話をまとめると、新規事業や新サービスを考える時には、今までの当たり前が壊れて、まだ次の当たり前が決まっていない課題を見つけることが重要ということです。ここからは、そうした「当たり前が決まっていない課題」を見つけるためのリサーチと分析方法を解説していきます。

まず当たり前とは何かについて、改めて理解しておきましょう。当たり前とは、人が出来事や行動に与える意味の1つです。そして意味とは行為、その行為が起こる脈絡、その脈絡における行為の解釈が結びつくことで生成されます(Bruner, 1990)。つまり、消費者の当たり前を理解するためには、消費者の環境、行動、意味を理解することが重要になるわけです。

 <消費者の当たり前を理解するための3要素>

  ●どんな「環境」で当たり前に変化が起きたのか。
  ●その中で、消費者はどんな「行動」をとっているのか。
  ●消費者にとって、その行動はどんな「意味」があるのか。

例えば、「新しい調味料の売り方」を模索しているメーカーがあったとしましょう。あなたはそのプロジェクトのリサーチ担当です。まず、顧客の当たり前をいつ、どこで観察するのか決めます。基本的には、商材が使われる生活シーンを、商材が使われるタイミングで観察します。例えば調味料であれば、料理にも使われますが、食卓でも使われる可能性がありますよね。従って、台所と食卓、及びその2つを結ぶ生活導線が理解すべき環境となります。

次に、その環境における消費者の行動を把握しましょう。実際にその環境に行って観察するのが望ましいですが、動画やオンラインインタビューでも可能です。元々行っていた当たり前の行動とは何か、それがどう変化したのか、なぜその変化が起こったのかといった「事実」を中心に理解を勧めます。

特に、繰り返される行動や、極端な行動、想定外の使い方や新しい消費傾向に当てはまる行動などには留意しましょう。また、想定していた顧客以外の人物(家族や友人など)が登場することがあります。そうした他者の行動が、顧客の当たり前を変える間接的な原因になっていることもあるので、注意しましょう。

環境と行動についての理解は、次のような相関図に落とし込んでおきます。手書きのノートでも構いませんが、ポイントは、環境からの影響やそれに伴う行動変化をアイコンとアロー(矢印)で表すことです。

この相関図を見ながら、元々の「当たり前」は何だったのか、当たり前が崩れた原因は何か、どんな変化が起きたのかを整理していきます。また、それぞれの行動の意味も考えましょう。消費者にとっては何かしらの理由があってその行動を起こしているはずです。当たり前が崩れたことで消費者にどんなペインポイント(嬉しくないこと、困ったこと)があるのか、それに対してどんな行動や商材を採用してるのか、その行動は消費者にとってどんな価値になっているのかなどを、次のように書き出していきます。

5. 新しい当たり前を考える「思考実験」の進め方

フィールドノートの分析がある程度進んだら、そのデータをもとに、自社の商品やサービスのどんな要素をどう提案すれば受け入れられそうか、考えていきます。フィールドノートの要点を次のようなシートに落とし込んでいきましょう。

これは思考実験ノートと言って、消費者理解を、新製品や新サービスのコンセプトに翻訳するためのツールです。次のような視点で行動の意味を深堀りして、価値提案を作ってみましょう。

 <意味分析の視点>

  ●今までの定説では説明がつかない、”逆説”が必要な箇所はどこか?
  ●何が損で、何が得として考えられているか?
  ●誰にとっての得、誰にとっての損が重要視されるのか?
  ●「誰vs.誰」、「何vs.何」といった対立構造があるか?
  ●ある結果が起きるために必要とされている条件、制限は何か?
  ●何と何がトレードオフの関係にあるのか?
  ●目に見えないルールや意味を表す象徴的なシンボルがあるか?
  ●こうあるべきという規範や価値基準はあるか?
  ●特徴的な比喩表現は使われているか?

先程の調味料のケースだと、例えば次のような新しい当たり前の方向性が考えられるのではないでしょうか。

思考実験をしていると、必ず「書いてみたけど、なんか違う気がする」「こんなので売れるのかな?」と思えてきます。これは誰でも起こります。しかし、そこで手を止めないでください。アイデアの検証は次のフェーズで行います。思考実験ではできるだけ多くの「新しい当たり前」仮説を出すことがゴールです。

6. すべき課題とは何か?投資ポテンシャルの検証方法

こうして見つけた「当たり前が決まっていない課題の解決案(新しい当たり前の仮説)」をアイデアとして固める前に、重要なタスクが1つ残っています。それは「その課題は、そもそもビジネスとして解決する価値があるのか」を検証しておくことです。

そもそもN1の観察を通して見つけた課題なので、同じような課題を持つ人がどれ位いるのかという、規模の検証がまず必要です。加えて、その課題が金銭を支払ってでも解決したい課題なのかどうかを見極める必要があります。課題感はあってもそこまで深刻でなければ、製品やサービスは購買されないからです。

また、すでに競合がポジショニングしているレッドオーシャンなトレンドも、自社の旨味が少なくなる可能性があります。従って次のような指標でリサーチを行い、投資ポテンシャルを定量的に検証しましょう。

 <解決すべき課題を見極めるための指標>

  ●規模:その課題を共有する人は、市場にどれくらい存在するのか?
  ●持続性:課題の背景にあるPEST要因が短期的か長期的か?
  ●ペインとWTP:金銭を払ってでも課題を解決したいという問題意識があるか? 
  ●ホワイトスペース:その課題解決に、競合がすでにポジショニングしていないか?
  ●先行行動:課題解決のための工夫や代替品の採用、情報収集など具体的な行動があるか?

参考文献
Bruner, J. (1990). Acts of meaning. Harvard university press.

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab

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