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価値提案の選び方と、競合に勝つ「ゲーム」を作る方法

Q: 価値提案の決め方について相談したいことがあります。コンセプトテストなどは行っていますが、上司に「それで、競合に勝てるの?」と聞かれると困ってしまいます。調査結果を見て、受容性や共感数の多いコンセプトやメッセージを選んではいるのですが、正直競合に対する競争力まで検証できていないのが現状です。何かいい方法はありますか。

A:マーケティング戦略は、「自社が勝てるゲーム作り」です。自社が顧客を獲得するということは必然的に競合から奪うことになるため、価値提案を決める調査では積極的に競合のデータを取り、自社の提案の競争力を測りましょう。特に重要な検証ポイントは、自社が獲得しやすい顧客層は誰か、顧客を奪いやすい競合はどこか、その競合に勝てる自社ブランドの強みや切り出し方は何か、という点です。


●「このターゲットにこの提案をすれば勝てる」をセットで考える
マーケティング戦略は、”自社が勝てるゲーム作り”です。コトラーのSTPなどは、特にその側面が強い戦略フレームワークです。S(セグメンテーション)やT(ターゲティング)が、自社が最も獲得を期待できる顧客層を見つけることだとすれば、P(ポジショニング、価値提案)はターゲットにこの提案をすれば勝てる、という組み合わせを決める部分と言えます。

STPという字面から、ターゲティングと価値提案は分けて行うと思われがちですが、本来セットで考えるべきものです。なぜならターゲット単体、価値提案単体で考えても、勝てるゲームは作れないからです。よく「こういう人が買っていそう」もしくは「こういう人に買ってもらいたい」、というイメージ像やペルソナを作っているケースに遭遇しますが、それだけでは”戦略”にはなりません。”獲得したい”からターゲットではないのです。自社の提案次第で”獲得できる”という見通しが立つからターゲットなのです。

さて、勝つゲームと言った時、誰に勝つのか、勝つとはどういうことなのかですが、端的に言えば競合から顧客を奪うことです。今までにないイノベーションのような特殊な場合を除いて、自社が獲得するということは必然的に競合から客を奪うことになります。つまり、顧客を奪うべき競合はどこで、その競合から自社へブランドスイッチを促すのに適した提案は何かという組み合わせを決めることが、勝てるゲーム作りには不可欠です。従って価値提案を決める時には、「このターゲットにこの提案をすれば勝てる」というシナリオを定量的に検証することが肝要なわけです。

■分析ポイント1 ターゲットと価値提案の候補を特定

事前に、ターゲットと価値提案の候補をいくつか用意しておきます。

<ターゲットの設定方法>

顧客体験マーケティングでは、あらかじめ自社が獲得できる顧客数が最も多い層を判別して、ターゲットとして設定します。分析方法は以下の記事をご覧ください。ここでは、「ジョブ1」を抱えている顧客が最も獲得しやすいターゲットだとして話を進めます。

分析方法:ジョブでセグメンテーションを行い、自社が最も顧客を獲得しやすいターゲットを知る」

<価値提案候補の作り方>
価値提案の候補は、自社ブランドのどんな側面が顧客に価値として受け入れられているのか、実際の顧客体験を観察して作成します。ここではターゲットに対する価値提案の候補として、提案1~3がすでに手元にあると仮定して、
・最も顧客を奪いやすい競合はどこか
・その競合に対して、最も競争力の高い価値提案は何か
を探索していきます。
顧客体験の観察、および価値提案の作り方については以下の記事をご覧下さい。

顧客体験の観察:  「顧客体験の観察とナラティブ分析」
価値提案の作り方: 「ブランドが顧客の価値になる「条件」を探る」

■分析ポイント2 最も顧客を奪いやすい競合はどこかを特定する

車などの高関与商材、スマートフォンのような寡占市場、サプライヤーが数社に限られるインフラ、イノベーション要素を持った新サービスなどは、「ここから奪わない限り自社の売上が立たない」というゼロサムゲームになっているので、競合は明らかなことが多いです。

逆にほとんどの一般消費財では、複数のブランドが試し買いされている市場に割って入って自社ブランドを選んでもらう、もしくは昔からのシェアを奪われないように離反防止策を張るというパターンになります。このような場合、顧客を奪いやすい競合を見つけてそこを攻めるという視点が必要になります。

ここからは複数の競合の中から顧客を奪いやすい競合を見つけ、その競合に対して最も競争力の高いストーリーを特定する手順を解説します。まず、あるブランドを購買した人が次にどのブランドへの購買意向を持っているかというデータを集計して、次のような表を作ります。これを遷移確率行列と言います。


表の読み方としては、例えば1行目では、今回自社ブランドを購買した人の69%が再度自社ブランドを購買したいといっており、23%が競合Aを、6%が競合Bを、2%が競合Cを次に購買したいという意向を示しているという具合です。ここから、リテンション(既存顧客維持)の視点では自社からの離反者が23%と最も多い競合Aへの顧客流出を防ぐべきだということが分かります。

アクイジション(新規顧客獲得)の視点なら1列目を見ます。競合A購買者の12%、競合B購買者の10%、競合C購買者の9%が 自社ブランドへの購買意向を示しています。つまり新規獲得をしたいなら、これらの競合顧客をいかに効率よく自社へ離反させられるかが重要になってきます。

ではどの競合からの離反を狙うのが良さそうでしょうか。遷移確率行列は流入・流出の比率を表していますので、市場シェアの実数に戻して判断します。次の図表は、次回購買機会(t2)にどの競合から何人が自社へ購買意向を示すか、現在(t1)の市場シェアと遷移確率行列から推定したものです。実務では、市場シェアは適切なデータに基づいて算出してください(ここではランダムな数値を入れています)。


これらはあくまで”意向“なので、何もせずにこの数値通りになるわけではありませんが、最も顧客を奪いやすい競合はどこかを特定する手がかりになります。3列目を見ると、競合Cからの流入規模が大きそうなので、競合Cからの離反をを促進していくのが効率的でしょう。

■分析ポイント3 その競合に対して、最も競争力の高い自社の強みを特定する

では、競合Cからの離反を促進するために最も競争力の高い提案は1~3の内どれでしょうか。ターゲット顧客に対して、自社ブランドをどう切り出して訴求すれば、競合Cより魅力的だと思ってもらえるのかを検証します。

ここで1つ質問です。マーケティングにおいて「良い提案」とはどんな提案でしょうか。見た人の心に残る、無味乾燥な商品紹介に華を添えて目を引く、ブランドを好きになるきっかけになる。提供する側の思惑としてはいろいろあると思いますが、提案を見聞きした人のブランド購買率が、そうでない場合と比べて高ければデータ的には良い提案ということになりそうです。しかし、たまたま他に好条件がそろってそうなっただけかもしれません。

こういうとき、「実験」の考え方が役に立ちます。例えば、提案を見た人100人、見なかった人100人をランダムに集めてきてブランドの購買率を算出します。「ある提案を見聞きすれば購買率は高く、かつ見聞きしなければ購買率は低くなる」という結果が得られれば、良い提案と言えるでしょう。


これは極端な例ですが、もしこのような分割が得られる提案があったとすれば、最も優れたストーリーと言えるでしょう。なぜなら、他の条件が同じでこの提案を行えば100%買ってもらえるからです。現実にはこのような分割が得られることはないでしょうが、要はなるべくこの状態に近い分割が得られるような提案候補を見つけたいわけです。

このことを踏まえて、提案の競争力推定を定式化していきます。まず、競合ブランドが支配的である市場に自社ブランドが新規参入して顧客を獲得していく状況を想定します。この場合、どの提案を軸にした施策を打てば効率的に競合から顧客を奪えるかの見極めが重要です。これが競争力です。つまり競争力のポテンシャルとは「競合ブランドの顧客を離反させて、自社ブランドを選択させるポテンシャル」を指すわけです。

今回は競合Cから顧客を奪うことがゴールなので、起こしたい変化は「競合Cを買っている人に、自社ブランドをトライアルしたいと思わせること」です。そこで、次のようなデータを用意します。ベースは競合Cの購買者、列には自社ブランドの次回購買意向の有無、行には提案1との接触有無を配置しています。


提案1の購買喚起力が高ければ、実験群(提案を受けた人)の購買意向は対照群(提案を受けていない)の購買意向より高くなるはずです。この仮説を検証するには、条件付確率を計算してその比をとります。この指標は「リスク比」と呼ばれ、「競合顧客がある提案を見聞きした場合、そうでない場合に比べて、自社ブランドの購買意向がどれくらい(何倍)上昇するか」を表します。この表のリスク比は3.91になるので、ターゲットに提案1を行うことで今より約4倍ブランドスイッチしやすくなることが予測できるわけです。

■分析ポイント4 「ターゲット×競合×提案(強み)」の組み合わせを完成させる

提案2、3についてもリスク比を算出してまとめたものが次の表です。競合Cに対しては、提案2が最も競争力が高いことが分かります。


リスク比は、「1以下であれば、そのストーリーがあってもなくても次回購入意向には影響しない」、「1より大きければ、そのストーリーを見せることで次回購入意向は高まる」と解釈します。分析のポイントは、現在競合を購買している人を母数として自社購買意向を計算することです。こうすることで、自社ブランドのどの側面を訴求すればブランドスイッチを喚起しやすくなるかを予測できます。
ここまで分析を進めると、自社が最も顧客獲得を狙いやすいターゲット層は誰で、そのターゲット層を奪うべき競合はどこで、その競合から自社にスイッチを促すのに適した提案はなにか、という勝てるゲームの組み合わせが一意に決まります。

・自社が獲得できる顧客数が最も多いターゲット層:「ジョブ1を持っている顧客」
・最もそのターゲット顧客を奪いやすい競合:「競合C」
・競合Cから最もブランドスイッチさせやすい自社の強み:「価値提案2」

勝てるゲーム:
「ジョブ1を持っている人をターゲットとして価値提案2を訴求することで、C社からのブランドスイッチを狙う」

NEXT:購買プロセスに沿った認識変化を起こして購買まで導く>

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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