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顧客理解に基づく差別化・独自化戦略 意味接点と1day分析の紹介

2021/11/29

著者:芹澤 連

ご自身のブランドが、「誰にとってどんな価値になっているのか」を把握していますか?こうしたテーマは、アイデアドリブンで開発されたブランドでよく議論されます。発売からしばらく経ち、ある程度の売上はある。どんな顧客が買っているのかも何となく分かっている。しかし、今のままではカテゴリーキングを取れるほどでもない。これからどう事業として育てていくのか、一度ちゃんと考えておく必要がある、といった背景です。

後述するように、ニューノーマルでは消費行動や消費の意味も多様化しています。そのような中で、

 ●「そもそもウチの商材って、どういう価値なんだっけ?」
 ●「何がウチの強みで、どの便益で差別化していけばいいのだろう?」
 ●「大きく変えすぎて今の顧客が離れていっても困るし…」

ということに、改めて頭を悩ませているマーケターも少なくないのではないでしょうか。今回の記事では、こうした課題に答えるための手法をご紹介したいと思います。

顧客価値と便益(ベネフィット)の違い

最初におさらいを兼ねて、価値とは何か、便益とは何かを考えてみましょう。マーケティングの教科書だと、便益とは「顧客にとっての利益や恩恵」などと書かれていることが多いと思います。しかし、それは誰が決めるのでしょうか。つまり、ブランドのどの特徴がどんな価値になるのか、誰がどうやって決めるのでしょうか。

当然、顧客です。自分の生活や経験を通して顧客が決めることです。マーケターはそうした顧客の視点になるべく近づき、「この機能をこういう価値として提案したら刺さるんじゃないか、こういうメッセージであれば競合から客を奪えるんじゃないか」といった思索を巡らしながら、ブランドに意味づけを行うわけです。そうして出来上がるのが便益です。

こうした観点から、「価値」と「便益」は以下のように分けられます。

 ●価値 → 顧客がつけた意味。寄り添うもの、尊重すべきもの、応援すべきもの
 ●便益 → マーケターがつけた意味。提案するもの、作られたもの、理解してもらうもの。

つまり便益とは、「ウチの商品は、消費者にとってこういう価値になるだろう」とマーケターがブランドに付与する意味、ということです。そして市場での競争は、この「意味づけの精度」に大きく左右されます。

意味づけの精度とは、マーケターが提案した価値と、消費者が実際に感じた価値の”近さ”のことです。従ってその精度を上げるには、消費者がそもそも何のためにその商材を買うのか、どんな目的のために使うのかといった「消費の意味」をマーケターが理解していることが大前提になります。

ニューノーマルが起こした「必要と不必要のアップデート」

ニューノーマルの消費傾向の1つとして、「意味の多様化」が挙げられます。リモートワークや自粛生活を通して、本当に自分にとって意味のあるモノやコトは何かを考える機会が増え、生活の優先順位やモノを選ぶ判断基準がアップデートされました。同時に、今まで利用しなかった手段や商材が、実はより自分に合っているのではないかという気付きを得る機会でもあったわけです。

その結果、同じブランドでも異なる目的のために購買されるという、意味の多様化が起きています。データ上は同じ「購買」ですが、何のために買うのかどう使うのかといった意味が多様化し、新しい市場や需要が萌芽しているわけです。弊社が定期的に実施しているカスタマージャーニーの自主調査で観察された例を、いくつか挙げてみます。

<ニューノーマルにおける意味の多様化の一例>

 ●儀式型消費
  久しぶりに人と会う時の香水やポイントメイク、アパレルなどの過剰使用など

 ●自己投資、自己実現型
  人に合わない期間を利用したスキンケアやコンディショニング、サプリなど

 ●パーソナルスペース型
  書斎作り、模様替え、リモートオフィスの利用、車など

 ●巣の充実型
  包丁のコレクション(料理がしたいのではなく優れた道具を集めて飾りたい)など

 ●応援・支援消費
  廃棄される一次産業生産品をお取り寄せ通販など

他にも、DIYを始めとするクリエーション型消費、ストリーミング動画やエンターテイメント視聴などの時間消費・快楽型消費、SDGs型消費、リスク回避のための消費などが観察されています。

多様化する消費の意味を捉える『意味接点』とは

こうした視座に立つと、TVCMやSNSといったメディアでの「伝える接点」と同様に、顧客の生活の中にブランドを使う「意味の接点」を生み出していくことが重要な課題になります。つまり、可能な限り多くの生活場面やシーンに寄り添うことで、多様化した消費の意味に対応し、ブランドが買われる機会を創出していこうという考え方です。

ブランドが使われる生活シーンのことを「生活接点」と呼びます。特に、ブランドの機能と顧客の生活が意味レベルで交わる接点を、コレクシアでは「意味接点」と呼んでいます。

 ●『生活接点』 → ブランドが使われる生活シーン
 ●『意味接点』 → ブランドの特徴と顧客の生活が意味レベルで交わる接点

ブランドを生活に溶け込ませるためには、消費者にとってのブランドの意味を考慮した製品開発やコミュニケーション開発が重要です。つまり、特定の生活シーンや生活上のイベントを顧客接点と捉えて、「その接点において、ブランドがどういう価値として認識されるべきか」というゴールの下、製品要件や広告のストーリーを組み立てていくわけです。

実際、リピートの多いブランドでは、一点突破で際立った機能や性能があるからリピートされるのではなく、むしろ複数の生活接点において顧客にとって有益な意味が同時に成立しているからリピートされる、というカスタマージャーニーが多く確認されます。

消費の意味が変われば、何が価値になるのかも変わります。しかし、データから分かるのは「ブランドが買われた」というファクトだけです。こうした意味接点レベルでの変化や差異は、購買データや動態データに出現しません。従って、訴求力のある価値提案を行うには、自社ブランドが消費者にとってどんな意味を持っているのか、何が価値になるのかという視点を意識した消費者理解が必要になるわけです。

消費者の1日を追い、消費者とブランドの意味の接点を見つける『1day分析』

「そもそもこの商材は、消費者にとってどんな価値なのか?」を理解する手法としてオススメなのが『1day分析』です。1day分析は消費者の自然な1日の流れを追う中で、どういう生活接点において、ブランドがどんな意味になっているのかを発見、見える化する手法です。

「ウチのブランドはこうである」「この商材はこういう使われ方」といった思い込みから一旦離れた所で新たな市場機会に気付くことが出来るため、商品開発の初期フェーズに適しています。また、既存ブランドの活性化やブランドポートフォリオの整理時にも有効です。

アウトプットベースで1day分析の実践手順を説明していきます。仮に、次のような特徴を持ったメンズスキンケアのブランドがあるとしましょう。

 <メンズスキンケアの特徴>

 ●植物由来の低刺激
 ●保水力の高さ
 ●たっぷり使える大容量
 ●美白成分

それぞれ消費者にとってどんな時、どんな価値になるのでしょうか。競合に勝つためには、どの特徴を自社の強みとして差別化していけばよいのでしょうか。

1day分析では、ナラティブと呼ばれる顧客との対話を通したデータ収集を行います。オンライン調査でもオフライン調査でもできますが、いくつかナラティブアプローチ特有のコツの理解が必要になるので注意してください。

1Day分析をすると、次のようなアウトプットが出てきます。

この例は、ニューノーマルにおけるスキンケア製品の意味接点を1day分析したものです。消費者の1日の中には様々な異なるジョブがあり、ジョブが異なればスキンケア製品が使われる意味も異なっていることが分かると思います。当然、刺さるメッセージや購買ドライバーとなる製品要件も異なってきますので、各シーンで商材が使われる意味を理解したうえで、価値提案を行うことが重要になります。

では、こうして把握した意味接点に、ブランドのどの特徴が対応しているのか当てはめてみましょう。1day分析のアウトプットの右側では、1日の流れの中で、スキンケアが消費者にとってどういう価値として変化していくのかをまとめています。先程のスキンケアブランドであれば、次のような対応関係になりそうです。

この例は、理解しやすいようにMECEな対応関係を置いていますが、実際はこのようにきれいな対応関係にはなりません。ある意味に対する便益が抜け落ちていたり、逆に被っていたりします。

むしろ、新製品開発や新サービス開発では、そうした自社も競合も対応していない「意味のホワイトスペース」を見つけることの方が大事になります。潜在需要があるにも関わらず競合がいないため、ポジショニングが成功しやすいからです。

実際、そのような意味のホワイトスペースを各社が奪い合っている商材カテゴリに「柔軟剤」が挙げられます。かつての柔軟剤市場は、いつも使っている柔軟剤を選ぶ、ほぼ惰性で使っているといった消費者が多く、市場がシュリンクしていました。しかし、P&Gが防臭という意味づけを持ったレノアを投入して市場を拡大してから現在に至るまで、抗菌、香り、消臭、ヨレ・シワ伸ばしなど「柔軟剤を使う新しい意味」を各ブランドがこぞって創り出し、激しい競争になっています。

ポイントオブパリティ(POP)、ポイントオブディファレンス(POD)とは

次に、「競合に勝つためには、どの便益で差別化していけばよいのか」を考えていきましょう。ここまでの1day分析では、価値の変化にブランドが対応できているかどうかは分かっても、どの便益で差別化していくべきか、独自性を訴求していくべきかといった「べき論」には答えられません。

このべき論を考えていく上で、POP(Point of Parity)POD(Point of Difference)という用語を説明しておきます。ポイントオブパリティ(POP)は、その商材カテゴリに備わっていて当たり前の性能、つまりベースラインとなる便益のことです。ポイントオブディファレンス(POD)は、顧客にとって新しい価値になり得るのに、競合がまだ強いポジショニングを築いていない便益です。

POPとPODについて実務上大事なことは、差別化ポイント(POD)が明確でも、ある程度はカテゴリ競合と同じ機能(POP)を持っていないと、そもそも考慮集合に入れてもらえないということです。

仮に、「ほぼ水だからサステナブル!」が売り文句の、99%水で出来ている洗剤があったとしましょう。振り切った差別化にはなるかもしれませんが、恐らく買われないですよね。「汚れを落とす」という洗剤に求められる基本的な役割を、満足に果たすことが出来なさそうだからです(実際洗剤カテゴリでは、水分の割合が多いのは良いイメージになりません)。

同一カテゴリの競合ブランドと機能的に似通っている部分がある程度あるからこそ、その商材に基本的に求められてる役割が果たせると認識されるわけです。そこで重要になってくるのが、どこまでPOP(類似性)を保ちつつ、何を自社独自の強みとしてPODに据えるかという見極めです。

「価値の移り変わり」から、勝負すべきポイントオブディファレンスを見極める

この見極めに必要なのが、消費者にとってその商材はそもそもどういう価値なのかという理解です。消費者は「違うから」買うわけではありません。あるブランドに「独自だから」買うわけでもありません。それが自分にとって「価値になるから買う」のです。したがって、強固なPODを見つけるためには、

 ●手順1 :まず商材が消費者にとってどういう価値なのか理解する
 ●手順2 :その価値に対する、現在の自社と競合のポジショニングを整理する
 ●手順3 :何がPOPで、何がPODになるかを特定する

という順番で進めることがポイントです。上述の1day分析で手順1は済んでいますので、自社と競合の現在の競争力の強さから、何がPOPで何がPODになるのかを調べていきます。

まず、それぞれの意味接点が、どれくらい存在しているかという規模を推定します。次に、意味接点と自社および競合ブランドの結びつきの強さを分析して、ホワイトスペースの大きさを推定します。結びつきの強さは、例えば、

『朝出社前や風呂で髭を剃った後に、ヒリヒリしないようにアフターシェービングローションの変わりに化粧水を使う』

といった意味接点を反映したステートメントを見せ、その目的に合致するブランドの想起率で判断するのが最もシンプルな方法でしょう。次の図を見てください。

市場規模が大きく競合自社共に結びつきが強い意味接点に対応する便益は、POPです。例では「植物由来の低刺激」と「保水力の高さ」がその傾向に該当しています。

逆に、競合との結びつきが弱い意味接点に対応する便益はPODの候補になります。「たっぷり使える大容量」は市場規模は大きいですが、すでに競合ブランドに大きく水をあけられています。これをPODとして勝負するのは悪手となりそうです。

「美白成分」は、市場規模はそこそこですが、競合は弱く自社が僅かにリードしている状態です。これはPODとして伸長させることで、今後強いポジショニングを築けそうです。

このように、消費の意味が多様化するニューノーマルの市場では、消費者の生活の中でブランドが価値になる接点見つけ、その中からブランドが勝負できるような「意味のポジショニング」を見つけ出すというアプローチが効果的です。

芹澤 連

この記事を書いた人:芹澤 連(せりざわ れん)

消費者行動論や統計学、心理学、文化人類学、行動経済学など様々な分野の理論や手法をマーケティングに使いやすい仕組みへ落とし込み、事業会社や広告代理店に提供。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。

【芹澤顧客研究ラボ】https://www.facebook.com/groups/serizawaculab/about

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